学習サービス規格ISO29990の概要とそのポイント

ISO/TC232国内審議委員会 委員長
早稲田大学IT・教育研究所 研究員


宮澤 賀津雄 様

(2012年3月掲載)

JADは、平成24年1月17日(火)中野サンプラザにて、『平成23年度 第2回 能開カレッジ』を開催いたしました。
当日は2つのセミナーを続けて開催致しました。
こちらでは前半に行われた『学習サービス規格ISO29990の概要とそのポイント』の講演録を掲載致します。

教育サービス分野の国際化に至る背景

この15年を振り返りますと、皆様もご承知の通り、情報技術(IT)による劇的な変化があり、産業構造も相当変わってきました。
また東日本大震災以降、国内の製造業各社が海外展開に取り組むようになり、国境を越えた企業の合併、吸収、提携も目立って来ています。工業の時代から情報産業時代へと移り、生活は大変便利になりましたが、その反面仕事が減り、生きるには大変な時代になったといえます。
グローバル時代の人材育成が国是にもなりつつある昨今、国際間の人・資金・サービスの流動化が始まると、高度な専門性を持つ有能な人材が国や会社の将来を左右します。
将来の安全保障の観点からも、教育政策が重要課題となっています。たとえばサウジアラビアは、石油があってお金持ちで非常に良い国だと思うのですが、エリート層以外にはあまり仕事がなかったり、失業率が高かったりするのが現状です。
石油が太陽エネルギーなどにシフトすると、将来の人材をどうすればよいかという問題も出てきます。人が国々を移動することになれば、その人達の学習履歴や教育履歴を比較するための基準が必要になり、共通の基準に基づく職歴・訓練歴の必要性が問われます。
教育における国家間の垣根が外れてくると、資格の国際同等性の保証をどのように担保するかという問題が浮上します。
資格・証明書の必要性がますます高まり、教育機関での資格・証明書の国際標準化についての要望が増えます。
学歴や、どこの大学を出たという事実ではなく、国際標準の客観的で公正な基準の下に担保された教育経歴、それを保証する資格、証明が求められるのです。

教育サービス分野の国際動向

EUでは、域内の人やもの・資金などの流動性を担保する「単一市場の原則」を定めています。これによってヨーロッパの中のEU加盟国に住んでいる人は「居住の自由」「就労の自由」をつかみ取ることができ、人・物・お金などの流動性(自由度)は各段に高くなりました。
たとえば、フランスで生まれた人は、小学校はフランスで、高等学校はドイツで学び、イギリスで大学を出て就職することもできるわけです。これを裏打ちするためにEUは、加盟国に対して、教育訓練に関する統一的な基準・ガイドライン、EQF(European Qualification Framework)を定め、既に運用を開始しているのです。アメリカの場合ですと、職務用件と学歴が比較的リンクしていますので、それなりの仕事に就くためには何かのサーティフィケイト(証明書)を持っていなくてはならないので、キャリアアップと連動する官民の教育訓練サービスがずいぶんと整っています。EQFの話に戻りますと、EU加盟国のそれぞれが、いままで国内で定めていた教育や資格を読み替える「ものさし」として8段階のレベルを設けています(知識・スキル・能力の観点から8つのレベルを定義)。
レベル1というのが義務教育終了で、レベル8が博士課程、7が修士、6が学士という感じでレベル分けされています。学歴とそこで発行される資格の対比ができているのが、このEQFです。
ですからEQFを使うことによってEU加盟国の異なる学歴・資格を同一の枠組みに揃え、比較が可能になるのです。そこで、ヨーロッパだと、EQFをやればいいのですが、他の国、たとえばアメリカ、オセアニアは一緒にできない…。
その結果、次のステージとして、ISOの中でこの教育訓練分野の質保証を論じてはどうだろうかということになりました。

ISO29990普及のメリット

「ISO(国際標準化機構)」は、1947年に設立されたスイスの法人格を持つ非政府組織です。
国家間の製品やサービスの交換を助けるために、標準化活動の発展を促進すること、知的、科学的、技術的、そして経済的活動における国家間協力を発展させることを目的にしています。
会員数は、2011年現在で162ヵ国(正会員+準会員)、約18,500規格を保有しています。グローバル化が進む中で、近い将来、皆様が海外市場にアクセスする時、たとえば中国やインド、インドネシアといった国々に教育サービスを広げていこうとした時や他国において教育サービスの国際調達が実施される場合は、教育訓練サービス分野の「ISO」が活用される可能性が高いと思われます。(WTOにおけるサービス貿易の影響)最初に学習サービス規格が提案されたのは2006年11月のことでした。
教育サービス分野の国際化を検討しようということでドイツが幹事国(幹事長)となり、第232番目の専門委員会(ISO/TC232以下TC232と略記)ができました。また、国内審議会の設立に関しては、2007年12月にTC232国内審議委員会の第1回会合を開催。
その後、3年余りの歳月をかけ2010年9月に教育サービスの国際規格が制定され、「ISO29990(名称:非公式教育・訓練における学習サービス-サービス事業者向け基本的要求事項)」という規格番号が付与されました。「ISO29990」が普及すると、学習サービス事業者、受講者(企業を含む)ともにメリットが考えられます。
学習サービス事業者は、規格が提供する質の高い専門的な業務及びパフォーマンスのための汎用モデル及び共通の枠組みを用いることで、自社が提供する学習サービスの品質向上、ISO標準を提供することによる顧客の信頼度向上、グローバル化への対応(市場拡大、競合との差別化)、学習サービス事業者の継続的な体質改善があり、受講者(企業を含む)には提供を受けるサービスの品質向上、学習産業に関わるトラブルの減少、学習サービス事業者選択の指針などといった利点が考えられます。

ISO29990がもたらす影響

「ISO29990」は、学習サービス事業者のコンピテンシー(力量・技量)に焦点を当てた規格です。
学習サービスを利用しようとする組織・個人が、能力開発に対するニーズや期待に対応できる学習サービス事業者を選択できるようにしていきましょうということ。
また、学習サービス事業者の認証にも利用することができます。ただISO29990は、公式教育・訓練(小中高校など)を除く学習サービス提供機関全般を(広範囲に)対象としているため、その活用には教育関係者としてのreadinessが必要となります。
例えば、学習塾と幼児教育や英会話スクールでは、教育目的・目標も異なり、その教育特性や教育手法も異なります。しかしながら、評価者が異なる教育分野(業種)を同一視し、それぞれの教育分野や機関の特性などを無視した場合、事業者ごとのコンピテンシーの見極め等が出来ず、規格の目的からかけ離れた形式的な認証となる恐れがあります。そこで、2011年3月に異なる教育分野に関わる学習サービス事業者業界団体が、それぞれの教育特性等を踏まえ、わが国における適合性評価(認証)の枠組みについて検討を行うための委員会として「ISO29990サービス認証スキーム検討委員会」を設置しました。
委員会メンバーには、社団法人全国産業人能力開発団体連合会(厚)、全国専修学校各種学校総連合会(文)、社団法人全国外国語教育振興協会(文)、財団法人日本語教育振興協会(文)、民間語学教育事業者協議会(経)、社団法人全国学習塾協会(経)、一般社団法人人材育成と教育サービス協議会、ISO/TC232国内審議委員会などが参加。
その他にオブザーバーとして文部科学省、厚生労働省、経済産業省、日本労働組合総連合会、日本経済団体連合会、日本商工会議所にも入っていただき、国内認証スキームを策定いたしました。また2011年12月には、厚生労働省からISO29990をベースとした「民間教育訓練機関における 職業訓練サービスガイドライン」も発表されています。
文部科学省でも「平成23年度文部科学白書」の中で「ISO29990」について触れられています。
これらの動きは、今後わが国の民間職業訓練機関、民間教育機関に対する施策にも大きな影響を与えるものと考えられます。TC232では、現在「ISO29990」に続き、英会話スクールや日本語学校などの学習サービス事業者を対象とした、語学学習分野におけるサービス規格「ISO29991」を開発しています。
これからは、グローバル化に伴う社会構造の変化などにより、サービス産業への期待が増えていくものと考えられます。

また、各種サービス産業界では、サービスの量から質への転換が求められる時代に入るでしょう。
その流れの一環として、サービスに関する国内規格、国際規格の開発が進むものと思います。

講演者プロフィール

ISO/TC232国内審議委員会 委員長
早稲田大学IT・教育研究所 研究員
宮澤賀津雄 様