田中 稔哉 様
2023年3月11日、中野サンプラザにてセミナー「学びとその活用の好循環と熟達化に向けて」を開催致しました。 本講演会は、一般社団法人全国産業人能力開発団体連合会(以下、JAD)の2022年度優良講座優秀者表彰式内にて2022年度第3回能力開発カレッジセミナーとして行われました。今回は、株式会社日本マンパワー 代表取締役会長の田中 稔哉様 をお招きし、キャリアの考え方について、お話を伺いました。
本ページは講演録後半です。
キャリア形成の2つの考え方
次に、キャリア形成の考え方についてお話しします。
キャリア形成には2つの考え方がありますが、どちらが良くて、どちらが悪いということではありません。
1つ目の考え方は「長期計画型キャリア形成」です。昔はこのキャリア形成の仕方が良いとずっと言われてきました。志を立てて、その方向に向かうというもの。小さいころから将来の設定がされていて、そのために今日何をするかということをブレイクダウンし、日々努力してその内容に取り組むということです。将来像を具体化して、今やるべきことを考えることが長期計画型キャリア形成です。
もう1つは「環境適応型キャリア形成」です。目の前にあることを一生懸命やることでその際が切り開かれていくという考え方です。
目標を持つことが大事というキャリア教育には弊害があり、目標通りに行く人はごく僅かです。その先のことには責任を負うことはできません。あまりにも夢を持つことや、目標を持つことに重きを置きすぎるとつらくなってしまいます。それは我々もあてはまり、弊社ではキャリア形成を専門でやっていますが、若手の社員に聞くと「キャリアを明確にしなさいと言われるのはつらいです」と面談時に言われます。具体的にしてほしいのは、先ほどお話しした「内的事項(どういう自分でありたいか)」です。
「誠実さを大切に生きて行きたい」「友達を大切に生きて行きたい」と言ったことはきちんと持っておいた方が良いですが、「〇〇会社のこういう人になりたい」や「こういう業界の〇〇をしたい」というのは、どこかで今後変わる可能性もあるということは、考えておいた方が良いと思います。
今目の前にあることに積極的にチャレンジしていくこと、むしろチャレンジした結果を良かったなと思えるように努力することの方が大切です。
環境変化と“学び”
人生100年時代と言われる今、社会的役割(お金を得る仕事以外も指します)を果たしていく期間というのは長くなっています。
一方でAIの登場などもありますが、こうした対人的な業務・感情を扱う仕事は、パターン化することができません。
例えばカウンセリングの場合は、はずれ値を扱います。「この人は今まで会った人とは全く別の人だ」という見方をします。
カウンセラーとしては、「この人はあの人と似ているからこうしたら良い」と考える人は失格です。「目の前のこの人は、今まで会った誰とも違う人だから」(=データ外の人と思うこと)と考えることは、AIが非常に苦手とすることです。AIの台頭で今後無くなる仕事が出て来ると言われており、ジョブ型・専門性を求められることも増えてきています。
今後は「多様性が歓迎される社会」ということで、従来のトップダウンの考え方では難しく、「その考え方もOK」「その考え方もOK」という中で合意形成を諮るということはとても難しく感じています。
何かを決定するときにはその結果よりもプロセスの方が重要であり、十分に意見を言ったあとに決まった意見であれば、たとえ自分とは異なる決定でも「皆で決めたことだから、やろう」という気持ちになります。
これは非常に難しいことですが、多様性が歓迎される社会では重要な観点です。コロナウイルスに限らず、戦争もそうですが、予期せず起こることは自分でコントロールすることができません。このあたりを対処していくときに必要な「ネガティブ・ケイパビリティ」について、最後はお話ししたいと思います。
また、SDGsなど様々な社会的課題がある中で、実はSDGsの中には矛盾があります。
食料問題と資源の問題についてですが、全ての人に食料を渡そうとすると、資源やエネルギーを使う必要があります。そこには環境破壊という問題もあるかもしれません。SDGsは矛盾をはらんだ状態で達成していかないといけない。
IDGsとは、SDGsを実現していくために必要な個人の考え方やあり方を指します。こういった環境変化というのは、私たち個人・家族・地域社会・国、それぞれが関連しあって起きています。この考え方をシステム論と呼びます。皆さんの場合も、自分自身が学びたいと思って学ぶということもあるでしょうが、これから先、その学んだことをどう活かそうとしていくかには、周りの人が、社会がどういうことを期待しているか、周りからの要請を意識して学んでいくということもあるかと思います。
課題とどう向き合うか
社会課題を考えるときに、様々なかかわり方や学び方があります。
1つ例として障害者福祉を考えたときに、自分が持っている価値観・能力によって、様々なかかわり方をすることができます。皆さんが勉強したことというのは、学んだことそのままを活かすだけではなく、多様な活かし方があると考えます。
例えば障害者福祉の場合は、規模を大きく関わるのか、個別に関わるのか、直接関わるのか、間接的に関わるのかなどを図にプロットしてみました。皆さんが学んできたことは、どこかで活かせるかもしれません。直接的に介護職や医療職として働くというやり方以外にも、様々な障害者福祉に関わる方法があります。政治家として活動したり、ITを使う手があったり、建築的な部分で携わったり、芸術的な部分で心を癒すこともできるでしょう。
学びの好循環
皆さんの中には既に学びを習慣とされている方がいらっしゃるかもしれませんが、学びをうまく循環させていくということが大切ではないかと思います。
多くの場合、何のために、学ぶのか、ということを考えるところからスタートさせるのが一般的かと思います。そこには社会課題があって、自分の学びをそこに活用したいと思うのではないでしょうか。もしかすると自分自身の成長ということもあるのかもしれません。
ただ、「何のために…」と考えるやり方は、難しい人もいます。このような人の中には、考える前に「とりあえずやってみよう」と行動することで、行動が変わり、何かの成果に結びつき、意識が変わるという人もいます。意識が高まるまで待つのではなく、「1回チャレンジしてみよう」と行動することで、自分の興味が出てくるかもしれません。
このことが習慣となると、それが成果に結びついていきます。このように、成果に繋げていくことを意識されていくと良いかと思います。
どのように学ぶか
学び方には3つあります。
1つは「行動主義的学習論」という考え方で、簡単に言えば「ドリル」です。同じことを繰り返し行うことでできるようになっていくということで、トレーニングのようなものです。
2つ目は「認知主義的学習論」です。自分自身が持っている知識・考え方と、外から来るものを結び付けて学んでいくということです。例えば、「毛が体中にあって4本足で歩く動物を哺乳類だ」と覚えている子供がイルカ(哺乳類)を見るとびっくりします。子供の哺乳類という知識と異なる概念のものを取り入れることで、知識を広げていく(認知を変えていく)ことを指します。自分の中で、解釈し、分かっていくということですね。
3つ目は「構成主義的学習論」です。これは、人との対話や、複数人との関係性の中でできてくる学びを指します。教える人と学ぶ人が一緒に学んでいくこと、学んだことについて意味付けをする、この学んだことは自分にとってこのような意味がある、ということを自分が意味づけることです。
世の中も構成主義的な考え方でできています。
例えば、今私が使っているマイクは、大勢の人がマイクという名称で呼んでいるからマイクなのです。もともとは、金属の要素が様々固まったものですが、ある人がそれに名前を付けて、皆がそのことを受け入れたわけですね。例えば、日本では正しいとされているものが、別の国では正しいとされていないかもしれない。
このように社会というのは、そのコミュニティを形作っている人が「そうだ」と言っているものが正しいものになります。多様な社会の中では、構成主義的な学び方をしないと、難しいということも出てきています。 それぞれの学びによって正しい・正しくない、適している・適していないというものがあるので、例えばスポーツの練習だと、初めは行動主義的な繰り返し学習が大切かと思いますし、それぞれの学習方法を組み合わせ・折衷していくと良いと思います。
次に、熟達化について、スポーツ・芸術・チェスなど様々な分野を調査した結果、10年間(10,000時間)を目安に学ぶと、その道の第一人者になれるという結果が出ています。将棋を例にしますと、初心者と熟達者には、次のような違いがあります。
1つは、目のつけどころです。将棋盤全体を見る初心者に対し、熟達者はある部分に着目し考えます。
2つ目は、記憶の仕方です。初心者は1つ1つ覚えますが、熟達者はひとかたまり(チャンク)で覚えます。
3つ目は、手続きの自動化です。初心者は理屈を考えて実践するところ、熟達者は言葉で説明することなく行えます。
3つの“省察”
これから皆さんが得た知識を使って何かを始めるときに、次の3つの省察を心がけてみてください。
1つは、取り組む前に、見通しを立てること(行為の前の省察)です。リスクを考えること、その対処方法を考えることなどが当てはまります。
2つ目は、取り組んでいる最中に「あれ?今やっていることは大丈夫かな?」と自分に起きていることに気づく、「行為中の省察」です。
3つ目は、取組みの最後に振り返る「行為後の省察」です。何かに取り組むときに、こうした省察を行いながら、随時修正していくことができると良いと思います。
更なる熟達化に向けて…
その他熟達化に向けて、「認知的徒弟制度」や「正統的周辺参加」について紹介します。
徒弟制度というのは、先生について学ぶときの話で、1つ覚えておいていただきたいのは、「足場かけ」です。これは、誰かの助けを少しもらって、できるようになると、今度は「足場外し(自転車の補助輪のようなイメージ)」をして、学んでいくというやり方です。
「正統的周辺参加」というのは、一旦その組織に所属してしまった方が学びに繋がりやすいという考え方です。
次に、「ラーニングピラミッド」をご紹介します。知識が身につく度合いについて、講義だけだと、5%程度しかありません。他の人に教えられるくらいになると、90%くらい身についているということを表しています。
答えを出さない・出そうとしない力
これからの社会で必要な力について、もちろん問題解決力ということもあるでしょう。最後にお伝えしたいのは、更に必要になってくる力として、「正解のない問いに対して、納得解を出す力」です。
正解が初めからない問いについて、皆で決めていく力も当てはまります。昨今の新型コロナウイルス感染症の中で何が正解なのか分からないときに必要となるのが、「ネガティブ・ケイパビリティ」という力です。
ポジティブ・ケイパビリティというのは、問題解決力のことです。皆さんは仕事の中で、ほとんどこの力を使っています。何か問題が起きたときに、前例から考えたり、パターンを考えたり、効率的・合理的に答えを出そうとする力です。
この力ももちろん大切ですが、早く答えを出さない・出そうとしないという「ネガティブ・ケイパビリティ」という力も重要です。
例えばキャリアについて、自分がどういう人になっていきたいのか、あるいは、自分はどのような社会を良しとするのか、という問いは、ずっと考えていくものです。答えはその時々で出すものの、それは仮の答えです。一旦仮の答えを設定して、常に「本当にそうなのか?」と疑問を持ち続けることです。例えば終末期医療において、医者が手の施しようがない状態にあるときに、その状況に耐えて寄り添う力を指します。今では、このような簡単に答えの出ない問いが多くなってきています。答えが出ないというのはストレスです。しかし、そんな答えの出せない自分を許すという力もあるということを、皆さんには知っておいていただきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。
講演者プロフィール
初職のメーカーで人事(採用・教育・労務・人事企画)業務に携わった後、 コンサルティング会社にて新規事業開発、関連会社経営に従事。
予備校で大学生のキャリア(就職)支援事業の立ち上げを経て、日本マンパワー入社。
同社でキャリアカウンセラー養成講座の開発、学校向けキャリア教育プログラム開発、 行政機関への雇用対策事業の提案・企画・運営などの業務を経験し、 現在は代表取締役会長として会社経営と、キャリアコンサルタント養成・活用事業、 中小企業診断士養成事業、行政からの受託事業を管轄している。
業界団体である全国産業人能力団体連合会理事、キャリアコンサルティング協議会副会長。