女性の学びと学びを活かしたキャリア形成 【第二部】学習体験発表

株式会社町田ひろ子アカデミー 代表取締役(JAD会長)
町田宏子 様
館農 香菜 様
(インテリアコーディネーター/町田ひろ子アカデミー修了生)
よした 百合香 様
(パーソナルカラリスト/カラースペース・ワムI.C.I修了生)
寺島 梓 様
(日本語教師/アークアカデミー修了生)



(2022年11月掲載)

2022年11月5日(土)、東京都主催の「東京ウィメンズプラザフォーラム」にて、セミナー「女性の学びと学びを活かしたキャリア形成」を開催しました。 第一部は町田ひろ子アカデミー代表取締役(JAD会長) 町田宏子様による講演会、第二部は学びを通じてキャリアを形成された女性の皆様による学習体験発表を行いました。

学びを通して仕事で活躍する女性による学習体験発表

第二部では学びを通して資格やスキルを身に付け、現在お仕事でご活躍されている3名の女性の皆様による学習体験発表を行いました。
会員企業の町田ひろ子アカデミー様、カラースペース・ワム様、アークアカデミー様ご協力の元、各スクールの修了生の中から登壇者をご推薦いただきました。
3名様ともそれぞれ業界は異なりますが、学びを通して資格を取得し、現在お仕事でご活躍されている点は共通しています。
まさにキャリア形成の先輩とも言える皆様から貴重な体験談を伺うことができました。
この学習体験発表が、皆様自身のキャリア形成について改めて考える機会となりましたら幸いです。

なお、ご登壇いただく皆様は、過去にJADが認定する「優良講座」を優秀な成績で修了し、優良講座優秀者表彰式で表彰された方々です。
「優良講座」「優良講座優秀者表彰式」については、JAD HPの各ページをご覧ください。

<学習体験発表者>
お写真右側より

・館農香菜 様
(インテリアコーディネーター/町田ひろ子アカデミー修了生)
・よした百合香 様
(パーソナルカラリスト/カラースペース・ワムI.C.I修了生)
・寺島梓 様
(日本語教師/アークアカデミー修了生)

「インテリアが好き」の気持ちが原動力。ライフステージでの経験を活かし人に寄り添った住空間を提案。


館農 香菜 様
(インテリアコーディネーター/町田ひろ子アカデミー修了生)

●インテリアコーディネーターを目指すきっかけ
私は現在、3人の子どもがいる母であり、フリーランスとしてインテリアコーディネーターの仕事をしています。
インテリアコーディネーターを目指したきっかけは、私が小さい頃にさかのぼります。私は3人姉弟の長女。小さい頃は一つの部屋を姉弟で共有していました。私が率先して、3人快適にすごせるよう模様替えをしたり、すきなものを飾ったりしてインテリアを工夫するのが好きでした。中学生になり、自分だけの部屋を作ってもらえたことで、毎日カーテンや壁紙を決めることにワクワクしていたことを今でも覚えています。
大学卒業後、私は銀行員になりました。私の地元は京都です。京町屋や老舗のお店に囲まれた歴史ある街で働くなかで、とても印象に残った経験があります。京町屋の喫茶店をリフォームする案件で銀行員として資金面のお手伝いに携わりました。リフォーム前は昔からの常連のお客様がほとんどでしたが、京町屋を生かした明るい店内に生まれ変わったことでお客様の年齢層が広がり、海外からのお客様も来るような人気店に生まれ変わりました。リフォーム後のお店でコーヒーを頂きましたが、味や食器は変わっていませんでしたが、いつもよりコーヒーがおいしく感じたように思いました。インテリアが変われば人の行動や心も変わります。このようなインテリアの力を目の当たりにし、いつか私もインテリアに関わる仕事をしたいと考えるようになりました。

●”インテリアコーディネーター資格”との出会い
結婚後、夫の東京への転勤と自身の妊娠を機に銀行を退職。その時訪れた京都の女性向けハローワーク「マザーズジョブカフェ」でもらった資格一覧の資料のなかに「インテリアコーディネーター」という文字を見つけ、インテリアを仕事に出来る資格があることに驚き、くぎ付けになりました。小さいときの記憶や社会人になって経験したことなどが一直線に繋がった感覚を覚えました。
それから、インテリアコーディネーターの資格について調べていく中で、「町田ひろ子アカデミー」の門をたたくのにそれほど時間はかかりませんでした。出産後のキャリアについての悩みもアカデミーに相談することが出来たので、妊娠中ではありましたが、アカデミーに通う決意が出来ました。慣れない東京での暮らしの中で、アカデミーが自分の居場所になっていたように思います。

●町田ひろ子アカデミーでの経験
学習内容は実践的で、課題ごとにお客様にヒアリングをし、ご希望を伺うところから始まります。ご希望に沿ってプランを提案するので、独りよがりではないお客様の立場に立った提案力が身につきました。また、色や素材、インテリアの歴史に至るまで基礎をしっかりと学ぶので、ただなんとなく選んだものをコーディネートするのではなく、その物の特性を踏まえたうえで選び、コーディネーションしていくことを学びました。
課題は大変だと思うこともありましたが、ショールームを巡るフィールドワークや、プレゼンテーションなど、手と足を動かす勉強は毎日が刺激的でその忙しささえも楽しいと感じていました。
また、アカデミーでの「人との出会い」は人生の糧になっています。講師の先生は現役のインテリアコーディネーターで、実務経験の話も交えて教えてくださいます。課題の進め方に悩んだ時も、小さな時間を積み重ねるようにアドバイスをして下さいました。またアカデミーでは、様々な年齢で、様々なバックグラウンドがあるクラスメイトが肩を並べて勉強します。課題や資格の話だけではなく、育児について、キャリアについて、人生についても相談し合える仲間でした。今でもその関係は続きます。

出産にあたり休学をしましたが、いざ子どもが産まれてみると、子育ては想像をはるかに超えて大変で、どうやって復学し、資格を取って卒業をするのか不安でした。 そこで、在学中にアドバイスを頂いた「小さな時間の積み重ね」を実践してみることにしました。復学を決めてからは、資格取得を視野に入れ、移動時間や病院などの待ち時間などを活用し、食器洗いや洗濯物畳みの家事をしながら参考書に目を通す工夫もしました。また、子どもが寝ている間は最も集中できるので、家事や子どもの寝かしつけなど家族に協力してもらって、まとまった時間を作れたことも合格の一助になりました。資格試験に合格したときは涙が出るほどうれしく、協力してくれた家族も一緒に喜んでくれて感謝がつきませんでした。

それから、課題へのモチベーションは、実生活に結び付けて考えることで、保つことが出来たと思います。アカデミーでは、はじめに「暮らしありき」だと学びます。お洒落で美しいインテリアであっても、使い勝手がいい・掃除しやすいなど、機能が整っていないと美しく保てず手間がかかり、豊かな生活とは言えません。実際に習ったことを生かしてインテリアを変え、家事育児の効率化をはかりました。使いやすく整理収納をし、家具の配置などで家事動線を工夫する中で、家族みんながチームとして協力し合える体制を整えていきました。一筋縄ではいかないことも多々ありましたが、「インテリアが好き!」「インテリアコーディネーターの仕事がしたい!」という強い気持ちが、努力を継続する一番の鍵でした。

●資格を活かした仕事と生活
進路を考える中で、間取り変更や造作家具などの工事を含むインテリア提案をしたいと考えて、建築士事務所の求人に応募しました。未経験で建築士事務所で働くことは難しいのではないかと考えていましたが、卒業間近の頃には、取り組んできた課題をまとめたポートフォリオができていたので、未経験でも自信を持って自分をアピールすることが出来ました。
建築士事務所でのはじめての仕事は、新卒採用と設計補助、他にも書類整理や買い出しなど、出来ることは何でもやりました。2020年のオリンピックを控えたある日、空港のお手洗いの全面改修の案件があり、「内装材の選定をやってみないか」と言ってもらい、念願のインテリアコーディネートに携わることが出来ました。提案した空間が実際に形となり、多くの人に使ってもらえる喜びと感動を知りました。

仕事以外にも、私は学習した内容と自身の経験を生かして、自宅のリフォームにも取り組みました。自身が家事育児をするなかで、「もっとこうあって欲しい」と思うことがたくさん見つかり、それらの解決策を考えアイデアにし、アカデミーで教わったように図面やパースを描いて工務店に持っていきました。リフォーム後は、子どもにとって危険な場所が改善されたり、水回りが効率よく使えるようになったり、家族それぞれ別のことをしていてもいつも気配を感じる間取りになり、子どもと笑顔で過ごせる時間や家族のコミュニケーションが増え、家族みんなが快適に過ごせるようになったと思います。

自宅のリフォーム後、我が家に友人を招待することも多くなりました。不動産の仕事をしているママ友が我が家のインテリアを見て、一緒に仕事をしないかと声を掛けてくれました。仕事の内容は、子どもと住むがもっと楽しくなるようなマンションブランドを立ち上げること。今までの自分の経験が人の役に立てるのならこんなに嬉しいことはありません。
そうして生まれたマンションブランド“cotosumu”は、2020年子どもたちを産み育てやすい部門においてキッズデザイン賞を受賞しました。子どもと笑顔で過ごせる住まいのアイデアと住空間をもっとたくさんの人々に届けたいと考えはじめたことをきっかけに、今はフリーランスのインテリアコーディネーターとして個人の住宅や店舗のデザインに携わっています。
私のインテリアコーディネーターとしての目標は、これからも人に寄り添った空間を提案し、より多くの人に届けること。そして、インテリアの大切さをより多くの人に知ってもらうことです。空間が変われば、人の気持ちも行動も変わります。辺りを見渡せば、まだまだ画一的な空間が多く、もっと多角的な視点が必要だと感じています。当たり前に感じているその空間は、そこで過ごす人にとって本当にベストですか?当たり前を疑うことが大切だと考えています。
また、私は人には「一人ひとり使命がある」と考え、出産、育児、家事、介護や介助、心身の変化など、当事者となって経験したあらゆることは、人に寄り添うやさしさやアイデアとなって人の役に立つことが出来ると思います。

●「好きなこと」への挑戦は、まず行動に移すこと
新しいことや「好きなことに挑戦したい!」と思ったとき、一歩踏み出すには難しい状況だったとしても、今じゃないと考えずに、今だからこそ自分に出来ることがあると考えて、半歩でも良いから行動に移し、前に進んでみること。時には上手くいかないことがあっても、努力する姿は周りを巻き込み応援してくれる人が現れます。 これからも周囲への感謝を忘れず、ポジティブな思考で前に進んでいきたいです。 ご清聴ありがとうございました。

長い専業主婦の時代を経て「カラリスト」の道へ。リカレント教育の重要性。


よした 百合香 様
(パーソナルカラリスト/カラースペース・ワムI.C.I修了生)

●講座受講のきっかけ
ある日、ポストに一枚のDMが届きました。

「90歳まで色の仕事をしてみませんか?」

それは家の近くにある、「カラースペース・ワム」という、色の専門学校からの案内でした。 それまでの私は子育て、親の介護と、日々家族のために奔走していた専業主婦でした。そんな私が、気がつけばそのDMを握りしめ、「カラースペース・ワム」の門を叩いていました。

色について学ぼうと思ったきっかけは、介護生活に押しつぶされそうな中、色によって心を解き放ちたいと思ったからです。
幼少期からオシャレには大変興味があり、当時のアイドルを真似てはおめかしたりお化粧をしたりと、興味は尽きませんでした。しかしながら我が家では、母親の意見が絶対で、私は自分の洋服を自分で選ぶことすら許されませんでした。結婚後も好きなファッションを選ぶことが 難しい環境にあり、「もっと自分らしく生きたい!」と、強く思うようになったのです。カラーは私にとって、自己を解放するツールでした。

●カラースペース・ワムI.C.Iでの学びと驚き
いきなり色の勉強を始めた私の日常は一変し、みるみると活気を帯びていきました。 人生も後半になってからの学び直しは、見るもの聞くもの全てが新鮮で、どんな疲れも飛んでしまいます。 リカレント教育に、時間的な余裕のあるなしは全く関係なく、むしろ寝る時間を惜しんででも自分の好きなことができる喜びを実感しました。
勉強を進めていく中で、私が特に惹かれたのは「パーソナルカラー」についてです。 【人にはそれぞれ「生まれ持った色」があり、その「自分色」と調和する「似合う色」がある】ということを知った私は、強い衝撃を受けました。 以前からおしゃれやファッションに興味はあったものの、それまでの私は「黒」や「グレー」などの無彩色しか着たことがありませんでした。しかし、私がいつも身につけていた「黒」という色は、『シーズンカラーが「ウィンター」の人には美しく映えるが、それ以外の人にとっては重たく沈んでしまう色である』ということを初めて知ったのです。
またその後「カラーセラピー」の講座を受けた時に、『「黒」は自分をブロックする色である』ということも知りました。いつも上から下まで「黒」を纏っていた私は、無意識に「黒」の陰に隠れていたのかもしれません。 改めて、自分の顔をじっくりと眺めてみました。 鏡の中の瞳は、「ローズブラウン」で、パウダリーな肌は赤みを帯び、頬と唇は青みのピンクでした。 こんなに注意深く自分の顔を観察したのは始めてです。
テキストと照らし合わせながら、自分の持って生まれた色が「ブルーアンダートーン」の「パステルサマー」であるということを知った喜びは、今でも忘れられません。 それまで「黒」一色だった私のクローゼットは、「ピンク」「水色」「薄紫」といった「紫陽花」のような穏やかな色合いに変化していきました。 ふとしたきっかけで色に興味を持ち、「パーソナルカラー」から始まった学び直しは、のちに「カラリスト」として活動することとなった私の「血」となり「肉」となりました。

しかしながら、スクールでの学びはただ楽しいだけではありませんでした。セミナーを受講して間もなくパーソナルカラリストの検定試験があり、先生に促されるままに(3級飛ばして)2級、1級と立て続けにテストを受けました。その時は一度に詰め込んだ大量の知識を整理し一つ一つ理解していくのに相当な集中力を要しました。 随分と無謀な挑戦でしたが、あの時先生が背中を押してくださったお陰で今の私があると感謝しております。

●AIに凌駕されることのない「パーソナルカラー診断」
今では、多くの仕事がAIに取って代わられる時代となり、先日岸田首相が所信表明演説で、リスキリング支援に、5年で1兆円を投じる方針を打ち出しました。
またある時大手アパレルメーカーが、【AIによるパーソナルカラー診断を行い自社の商品を販売する】という戦略を打ち出し、SNSで大きなブームとなりました。しかしながら、残念なことにあまりの誤診の多さに、逆に信ぴょう性に欠けるという評判が立ってしまいました。その人の生まれ持った色を分析し、『AIによる4シーズンのカテゴリー分け』という画期的な方法を打ち出したにも拘らず、正解と大きくかけ離れてしまったのはなぜでしょう。
それは、パーソナルカラー診断に必要なのは、データや確率といった数値だけではなく、対面する相手とのやりとりから導かれる≪非言語情報≫が重要となるからです。 肌の色一つとってみても、「カロチン」「メラニン」「ヘモグロビン」そして「静脈の青」を掛け合わせてみていきますが、それらは十人十色で、一人一人全く違います。 ネットの簡易診断のように「肌の色が白いとブルーアンダートーンで、血管が緑だとイエローアンダートーンである」とは一概に言えません。 例えばAIにとって、黄色い肌の人を「イエローアンダートーン」と診断することはできても、【例外的に「黄色い肌を持つウィンター」の人】の診断には、到底たどり着けないからです。
このように、パーソナルカラー診断は、必ずしもセオリー通りに進むとは限らず、その方の持つ印象を感じ取りながら、様々なファクターを加味して診断する技術が必要となってきます。
AIに代替可能な技術であれば「リスキリング」の需要も見込まれますが、人間の細やかな観察眼や、定石通りにはいかない繊細なやり取りによって導かれる技術は、人工知能には脅かされることのない稀有な職種と言えるでしょう。

●今「カラリスト」に求められること
ふとしたきっかけで色に魅せられ、「パーソナルカラー」「カラーセラピー」「色彩配色」と学びながら、今ではプロの「カラリスト」として、1600人のパーソナルカラー診断を行うまでになりました。
好きで始めた色の勉強が、まさか仕事にまで発展することになろうとは、専業主婦だった私には、想像もできない未来でした。 「パーソナルカラー診断」には、10代から年配の方まで幅広い年齢層の方がいらっしゃいます。
面白いことに、Z世代と呼ばれる今の若者は、TikTokやInstagramの普及により、自分を発信するツールが増え、自分の見え方に対する意識が高まってきています。若者は「映え」を求めて、プロに提案を求める時代になってきました。彼らにありきたりな言葉は通用しません。多くの情報を持っているZ世代には、より高い水準のコメントが期待されます。
髪の色、メイク、ファッションなど、ありとあらゆる問いに答えられるよう、常に自分のスキルをアップデートし続けなければなりません。そうすることにより、「カラリスト」としての言葉は重みを持ち、説得力を増していくと考えます。

●人生100年時代 今こそリカレント教育を
夢を追い続けることは素晴らしいことだと思います。 未来に目を向ければ、今日の自分が一番若いのですから、やってみたかったこと、今までできなかったことを、思い立ったらすぐに始めるべきだと思います。 ココシャネルの言葉にあるように、「若い時の顔は親からのプレゼント、50代の顔は自分の功績である」と。
歳を重ねてなお美しい人は、美しく居るための努力を惜しまない人だと思います。 すべての人に、自分自身を最も輝かせてくれる「パーソナルカラー」を身に纏い、日々向上心を持って、人としての品性を高めていって頂きたいと願っております。 私自身、女性としての後期の日々にこんなにも充実した「第二の人生」が待っていようとは、自分自身が一番驚いております。
これからも、リカレント教育により学んだ全てのことを駆使しながら、「パーソナルカラー」によって一人でも多くの方が、ご自分の本当の美しさを知り、自己肯定感を高め、生きていることの素晴らしさを実感して頂けるよう、「カラリスト」として、微力ながらお手伝いをさせて頂きたいと思っております。

日本語教師の夢を現実に。努力、そして逆境でも諦めない気持ちが道を切り開く。


寺島 梓 様
(日本語教師/アークアカデミー修了生)

●日本語教師との出会い
2020年7月から12月まで、アークアカデミー日本語学校の日本語教師養成講座を受講し、日本語教師の資格を習得しました。現在は、アークアカデミー養成講座の部門で事務職として勤務しながら、週に1回だけ、日本語学校で授業を担当しております。
私が「日本語教師」という職業を知ったきっかけは、大学生の時でした。大学では、国際交流サークルに所属し、月に1回、都内の日本語学校の授業に、アシスタントとして参加したり、日本語学校のイベントのお手伝いをしたりしていました。当時、一度は日本語教師に興味を持ったものの、すぐにその道を選ぶことはありませんでした。あれから10年以上経ち、改めて日本語教師の道を目指すことになりました。
前職は、市役所に勤めていました。最初に配属された部署で、外国人住民の生活に関わる仕事を携わっていましたので、外国人住民の抱える問題や自治体のサポート体制が追い付いていない現状を知ることができました。その問題の一つに、外国人住民やその児童の日本語を学べる環境が整備されていないことが取り挙げられていました。そのことがきっかけで、ふと、学生時代に「日本語教師」に憧れていたことを思い出したのです。入庁して3年目の時でした。これを機に、自分が将来、本当にやりたいことについて考えるようになりました。
それから2年後の2020年3月に市役所を退職しました。そして、日本語教師の養成講座を受講するため、上京することを決意しました。学生時代の夢をあきらめることができなかったのです。
しかし、その頃は、新型コロナウイルスの蔓延に世界中が未曾有の恐怖に怯えていました。感染者の増加により、世界中のあらゆる都市がロックダウンをしていました。日本国内でも感染者が増加し、学校では入学式や卒業式などの人々の集まるイベントはすべて中止を余儀なくされていました。私も上京する予定で準備を進めていましたが、通学クラスの講座自体が開校されるかわからないといった状況でしたので、本当に上京できるのかとても不安でした。
幸運なことに、当初の予定よりは遅れましたが、2020年7月から養成講座を受講できることになりました。そこから、12月までの間は、授業は一度も休校になることもなく、またオンラインに切り替わることもありませんでした。今思えば、一瞬でもタイミングがずれていたら、上京することもなく、この資格をとる機会もなかったと思います。

●恵まれた授業と仲間たち
受講生は13名おり、20代から60代までの男女で構成されていました。このクラスは平日の午後に毎日通学するクラスでしたので、私のように退職して、転職先として日本語教師を目指している人たちが多いようでした。
授業は講義形式で展開されるものより、グループワークで進めていく形式が多かったです。国語の授業で勉強するような文法の他には、教育の歴史、音声学、心理学など幅広い知識を学びました。講師はベテランの日本語教師の先生方が務めていました。先生方の現場での実体験を聞くことができたのも、とても魅力的で、学ぶ意欲を掻き立てられました。今まで、私の周りには同じ夢を語れる人間がいなかったこともあり、同じ目標を持った同志に出会えて、一緒に勉強できていることは、何よりも嬉しかったです。
半年間の授業で、一番大変だったのは「教育実習」でした。養成講座の集大成として、一人45分間の授業を実施します。通常であれば、教室で黒板を使いながら、学生の前で授業をするのですが、当時は違いました。当時は、全国のほとんど学校が授業をZoomで実施しておりましたので、私たちの教育実習もZoomで実施をしました。 自分の発表のために、授業の流れを書いた教案や授業で使う教材を作成しなくてはいけないため、この時期が一番大変でした。教案は授業の構成を練りながら、ワードのA4用紙約10枚ほど書き上げていました。発表の日が近づいてくると、平日は家に帰ってから寝るまでの間、土日も家に閉じこもって、ひたすら発表の準備をしていました。
緊張で眠れない日が続いたり、思うように教案が作成できず息詰まったり、精神的にも体力的にも辛い時期でした。自分の想像していた以上に、日本語を教えることの難しさや、授業準備の大変さを痛感いたしました。こんな時に、支えになったのは、クラスメイトの存在でした。不安な気持ちを共有したり、お互いに励まし合ったり、とても支えられました。
教育実習も無事に修了し、2020年7月から始まった講座は、2022年12月23日に修了いたしました。この6か月は一日も休まずに学校に通うことできました。修了証を受け取った時は、言葉で表せない嬉しさが込み上げてきました。社会人になってからの勉強は、学生とは違い、学習時間の確保や、体力や健康面においての自己管理が重要な点で大きく違いました。そのような中で資格を習得できたことは、大変自信に繋がりました。

●日本語教師への一歩
養成講座が修了する1か月前から、就職について考えるようになりました。しかし、その頃は、外国人の入国が制限され、留学生が入国できる状況ではなかったので、日本語学校の低迷期でした。偶然にも、通っていた養成講座部門の事務職員の求人が出ていましたので、応募したところ、採用していただけました。その頃は、(教師にすぐになれなくても、日本語教育の分野とは関わっていたい。)と思っていました。上司も私が日本語教師を目指していることを存じていたので、オンラインでの日本語のプライベートレッスンを紹介してもらうことができました。
そして、養成講座修了から1年半が経過した今年の7月に、日本語学校で教師としてデビューしました。現在は、週5日のうち、4日は養成講座の事務として勤務し、毎週水曜日だけ、日本語学校に出向いて、授業を担当しています。養成講座に通学していた時は、Zoomでしか教育実習を行っていませんでしたので、対面での授業は初めてでした。20名の留学生を目の前に授業することは、とても緊張しますが、養成講座とは違った楽しさややりがいを感じています。
ようやく、教師としてのスタートラインに立つことができました。今後は、日本語教師としてキャリアを積みたいので、経験を増やすことが一番だと考えています。今は、週一回しか授業を担当していませんが、いずれは、授業数を増やして、クラスの担任になることを目標としています。

●夢に向かって
「資格をとりたい」と思った時が、一番のタイミングです。熱意がある時に勉強することが、最後まであきらめずに続けられる秘訣だと思います。自分自身のライフスタイルにあった方法で、資格の習得を目指してください。私の場合は、退職して資格取得を目指しましたが、周りには、仕事や子育てと両立しながら、日本語教師の資格をとっている方も大勢います。必ず自分にあった方法が見つかると思いますので、決してあきらめず頑張ってください。
最後になりますが、実は市役所に勤めていた頃、男女共同参画推進事業を3年間担当しておりました。その数年後に、このような形で、登壇の機会をいただけましたことをご縁のように感じております。本日、ご出席いただいた皆様の今後のご活躍を心よりお祈りしております。このメッセージが皆様の何かのきっかけになれば幸いでございます。ご清聴ありがとうございました。

質疑応答


本セミナーでは、受講者の皆様より登壇者の皆様への質問する、質疑応答の時間を設けました。
時間の都合上、当日にお答えできなかった質問も踏まえて、改めて登壇者の皆様からご回答をいただきました。
是非、講座探しや学習方法の参考にしてみてください!
※質問内容は、主催者にて一部改訂しております。予めご了承ください。
1.何か勉強したいと考えてみるものの、時間を作ることが難しい状況です。皆様はどのように時間を作って学んでいたのでしょうか。

<ご回答>
●館農様
・隙間時間を活用します。例えば、病院の待ち時間や移動時間(子どもが赤ちゃんなら可能なときもありますが、動きが活発な時期は難しいですね)
・家事をしながら「ながら勉強」もおススメです。例えば、お皿を洗いながら、暗記したものを復唱したり、参考書を立てかけて目を通す。
・家族に協力してもらって、まとまった時間を作る。(家事育児はお母さんが一人で頑張ることでは無いと考えています。)家族みんなで、協力し合える体制を作って、勉強する時間を作るのが実は1番はかどる。
・自分に時間を使うことを「家族に申し訳ない、自分勝手な母親だと思われないか?」という固定観念は捨てていくこと。

あなたが輝くことや、人生を豊かにするために、努力することは結果として、大切な人を幸せにする一助となると信じています。
●よした様
子育て中は時間の捻出が難しいですね。そんなお忙しい中、何か勉強したいと思われるのは素晴らしいことだと思います。私の子育て中は完全に子供と向き合いながら、その時々に必要な事を学びました。
例えば子供の幼少期には、「絵本の上手な読み聞かせ」を学びました。学校に通っている間は、どんな質問にも答えてあげられるよう、ただひたすら学校教育の勉強に励みました。
子どもが小学校に上がると、校歌の伴奏を弾けるようにピアノを習い、「今日の給食が美味しかった」と聞くと、給食調理員の方からレシピを教わり家で再現しました。また、一緒に書道教室へ通い習字を学び、子どもが登校している合間に国、数、理、社を勉強し、子どもの苦手な教科をフォローしました。
娘が20歳になる時には、成人式の振袖の着付けに挑戦し、「着物の他装」と「和装の髪型」を習得しました。
私の場合は、常に身近な人がどうしたら喜んでくれるかを念頭に置いて、自分に足りない部分を補い、掘り下げていくことが多かったように思います。
●寺島様
私が通っていたコースは毎日平日日中に通学するクラスでしたが、最近コロナ禍の影響もあり学習方法が多様化しています。例えば私の学校であれば通学以外に通信コースというのも大変人気があります。時間の確保はやはり難しいかと思いますが、通信コースですとウェブ動画を観て自分で学習し、隙間時間を有効活用できます。ご興味のある資格がありましたら、まずは学習方法や資格の取得方法から探してみるのがよろしいかと思います。頑張ってください。
2.最近、スマホのアプリで資格を取得できるというものがあります。これは有効だと思いますか。このような学習形態に対するイメージやご意見をお願いします。(手軽に始められそうだとは思いますが、通学などに比べて効果があるのか気になります。)

<ご回答>
●館農様
手軽に始められる=手軽に辞められる(諦められる)にならないか心配です。通って、人に会い、勉強だけでは無くて、五感で感じる勉強は“身に着く”と考えています。ただ、隙間時間を有効に使えそうということであれば、メリットはあると思いました。ご自身のライフスタイルに合った勉強法が1番だと思います。

●よした様
スマホアプリでの勉強は、お忙しい方にとっては手軽に始められ、表面的な概要を知る分には利便性が高くお手頃で良いと思います。が、きちんとした学校の優れた先生は、本人も気付かなかったような潜在意識や才能を引き出し、いざという時には背中を押してくれる、心の拠り所となってくれることと思います。
3.学びたい気持ちはありますが、何を目指したらいいのか分かりません。皆様はどうやって自分の目指す道を決めましたか。また、ご自分の専門分野のオススメポイントが あれば教えてください。

<ご回答>
●館農様

なんとなく生きるのではなく、

・子どもにとって良い未来を残すにはどうしたらいいか
・自身や自身の大切な人にとって、環境は、制度は、法律は、このままで良いか

考えてみてください。
自分をちっぽけに感じるかもしれませんが、何かできることはあると考えています。 その為に自分には何が出来るか?自身の得意なことや好きなことと絡めて考えると、おのずと自身の使命ややるべきこと、仕事にしたいことが出てくると思います。 一緒に頑張りましょう。

●よした様
好きなことを見つけて学び、それを仕事に出来たらきっと幸せを感じられるでしょう。それが私にとっては「ファッション」であり、「色」の世界でした。
私の場合は「パーソナルカラリスト検定」を受けて、「カラリスト」となりました。人にはそれぞれ似合う色(=パーソナルカラー)があり、それを纏うと世界が変わる程の変化を実感して頂けるので、万人に喜ばれるやりがいのある仕事です。
私はこの資格を習得したことによって、人生が豊かになり、生きることの素晴らしさを日々実感しています。

講演者プロフィール