法政大学大学院 政策創造研究科 教授 石山恒貴 様
サトーホールディングス株式会社 執行役員
最高人財責任者(CHRO) 江上 茂樹 様
平成30年7月4日(水)、日本経済新聞社・日経BP社主催による「Human Capital2018」にて、セミナー「ミドル・シニア世代の継続的な活躍を促すには~65歳定年制の課題と改善策~」を開催しました。 法政大学大学院 政策創造研究科 教授 石山 恒貴様、サトーホールディングス株式会社 執行役員 最高人財責任者(CHRO) 江上 茂樹 様にご登壇頂き、前半は石山先生・江上様それぞれの講演、後半は石山様が江上様に質問する形で、質疑応答形式のディスカッションを行いました。
求められる、ミドル・シニア世代の活躍
石山
皆さん、こんにちは。法政大学の石山と申します。本日は宜しくお願いいたします。
簡単に自己紹介させて頂きますと、今私は法政大学の政策創造研究科というところにいるんですけれども、こちらが社会人向けの大学院ということでして、学生の方は多くは社会人で、私のゼミも40代、50代、60代の方が非常に多く、皆さん働きながらいらっしゃっています。私は53歳ですけれども、私は真ん中くらいで、いわばミドル・シニアの方が沢山学びに来ていらっしゃるということで、そういった方々は昼間は働いて、平日は午後6時半~10時まで、我々の大学院で勉強したり、土曜は朝から晩まで勉強したりするということで、非常に今、生涯学びたいと考えているミドル・シニアの方が確実に増えているということだと思います。そういうことを踏まえて、今日はミドル・シニアの方のご活躍をいかに促すかというところを、皆さんと一緒に考えてみたいと思っております。
皆さんご存知の通り、少子高齢化で労働力人口は減っていきますし、ライフシフトという本もあるように、人生100年時代ということで、100年間どのように生きるかという話が非常に注目されています。
60歳・65歳で定年になると、今まではその後は引退という考え方でも良かったのかもしれませんが、さすがに60・65歳から100歳まで生きると考えた時に、ただ引退でいいのかということが、問われ始めているのではないでしょうか。そのような中で、いろいろな企業様において、「60歳定年で65歳までは再雇用」という施策を当然とせずに、「65歳まで定年を延長する」ことを視野に入れ始めているという現実があるようです。
そうなると、今までの考え方をかなり変えていかないといけないということがあると思います。ただ一方では、ミドル・シニアの方々、とりわけ60歳を超えていらっしゃるシニアの方の働き方でいうと、個人差が大きいのではないかということもあります。個人差というのは、ご本人の働く意欲の他に、ご家庭の介護や健康問題等、そういうことも踏まえた、「どのような人生を過ごしていきたいか」という考え方の違いであり、非常に個人差があるというのも現実かと思います。そういった中で、企業の人員構成を見ていきますと、やはりこれから、50代以降の割合が増えることを考えると、従来のように役職定年や定年再雇用の後は技術伝承だけしてくれれば良いという考え方では、企業自体が維持できなくなってきている状況にあると思います。つまり、実際にそういう方々にも第一線で活躍して頂かないと、企業自体が人手不足ということも相まって、なかなか厳しい状況が来ているかもしれないということです。
そういうことを踏まえますと、実際に今、企業の方々はいろいろと考えられていると思います。これから役職定年を取り入れようと考える企業もあれば、もう役職定年はやめようと考える企業もあったり、また、まさに先ほどお話した「定年延長」を考えていたり、場合によっては大企業でも「定年廃止」を見据えているところも多いということもあり、企業の方々は様々な取り組みをされています。
また、企業の方々のお話を聞いていると、非常に個別性が大きいことが分かります。何か一つの答えがある訳ではなく、企業ごとにかなり考えが違っているという部分が大きいのではないかと思います。
ところが、そういった中で企業の方から共通してよくお聞きするのが、例えば役職定年や定年再雇用などある意味ミドル・シニア、特にシニアの状態になった時に、「それでも非常に活躍している人」と、「やる気がなくなってしまう人」との差が出ているということです。そうなると、これは個人の問題もありますが、企業の人事制度、組織文化、あるいは最近よく聞く「年下上司」がシニア世代をどうマネジメントするかという問題も大きくなってきているのではないかとも考えられます。もっと言うと、ミドル時代からどのように今後のことを考えてキャリアを歩んできたかということの影響も大きいのではないかと考えています。
そういう訳で、このようなお話は答えがないことではありますが、既に先行してミドル・シニア社員に対する取り組みを行っている企業の良い事例が参考になると思いますので、本日はサトーホールディングスさんにお越しいただきまして、そちらの事例を元に考えてみたいと思っております。サトーホールディングスさんは、ダイバーシティや三行提報という社員の方の意見を非常によく聞くという制度で有名な企業ですが、ダイバーシティの1つの流れで、2007年の段階で65歳定年を実行されています。2007年からということで、10年間65歳定年制に取り組まれてきた訳ですが、10年間取り組んだ企業だからこそ分かる、悩みや課題、あるいは成功例があると思います。
そこで、本日は、サトーホールディングスさんの人事責任者の江上様から20分ほどお話を頂きまして、さらに、「実際のところそこはどうなのですか」といった部分を私の方からご質問させて頂くという流れで、セミナーを行いたいと思います。それでは、江上様、宜しくお願いいたします。
65歳定年制を一早く取り入れたサトーホールディングス
江上
皆様こんにちは、ただ今ご紹介にあずかりましたサトーホールディングスで人事の責任者をしております江上と申します。よろしくお願いいたします。
今、石山先生がお話されたとおり、事例の紹介ということで、正直我々も苦悩しながら日々やっておりますので、悩みも含めて皆様と共有できたらと思います。
それでは、ポイントをかいつまんでお話したいと思います。また、良い面だけでなく、なるべく実態をお話したいと思います。
本題に入る前に、サトーホールディングスとはどんな会社がご存知でない方もいらっしゃると思いますので、簡単にご説明をしたいと思います。ご興味があればHPもご覧頂ければと思いますが、弊社は「『物』と『情報』を繋ぐ会社」ということで、皆様の生活に関連したところで申しますと、例えば小売店の値段ラベルなどを印字するプリンターや、ラベルそのものを製造している会社です。いろいろなところにサトーホールディングスの商品があると言えます。数字で言いますと、社員数は約5,000人で、国内2,000人、国外3,000人となっています。売上高が約1,100億円という会社です。
サトーホールディングスは始めからこのような事業を行っていた訳ではありません。1960年代を見て頂くと、ハンドラベラーということで、小売店でカチャカチャと値札を貼る作業をご覧になられたことがあるかと思いますが、あれがサトーホールディングスの商品です。もともと1960年代はじめに世界で初めて開発したと言われております。その後、POSが登場し、小売店の主要な値段ラベルも値札からバーコードに代わっていったため、それに呼応する形でバーコードプリンターを作ったり、ラベルを作ったり、現在ではそのソリューションも一緒にご提案をしています。
我々の業界では自動認識ソリューションと言っていますが、先ほども申し上げたとおり「物」と「情報」を繋いだり、そこにソリューションをご提供するというということなのですが、お客様の現場は、例えば工場・小売・倉庫など多種多様であるため、それぞれのお客様の課題に応じた解決策をご提供することが重要です。従って、いかにお客様の現場での課題を分かっているか、どこまで課題をくみ取り提案に結び付けられるかが弊社のポイントであり、どちらかというと「商品」そのものというよりも「人」がどれだけお客様の課題をつかめるか=「現場力」がポイントとなっています。つまり「人」が価値の源泉となるため、我々は「個」ということに注力し、それぞれが思い描くステージやキャリア形成についていかに「個」に向き合うかを考えており、極論を言うと「個別の人事制度」もありなのではないか、とも思っています。当然ながらそんなに簡単な話ではなく、一律で管理した方が人事としてはやりやすい訳ですが、難しさをわかった上で究極的には「個」に向かってやっていきたいと考えており、これがダイバーシティにも繋がり、個の活性化がチームの活性化にもつながり、会社の成長にもつながると考えています。
ここから本題に入ります。私は2015年の秋にサトーホールディングスに入社しています。先ほど石山先生が2007年に65歳定年を取り入れたと仰いましたが、その時点で私はおりませんでした。ですので、サトーホールディングスの人事の責任者・当事者としてのお話もありますが、逆に言うと客観的に見られる部分もあるため、それを含めてご紹介したいと思います。
先ほど石山先生からもご紹介がありましたとおり、弊社は2007年に定年制を延長し、65歳としました。その時の創業家二代目社長 藤田には「やる気がある人であれば年齢に関係なくいつまででも働けるようにしよう」という想いがあったと聞いています。そのように考える経営者の方は多いとは思いますが、当然ながら人件費の関係や様々な制約があり、二の足を踏まれると思います。しかし、藤田はオーナー社長ということもあり、彼の強い信念に基づいてトップダウンで行ったというのが実際のところのようです。藤田は、「定年制は廃止しても良い」とまで考えていたようですが、そこまでは難しいということで、結局は65歳定年に落ち着いたそうです。2007年に導入した65歳定年制ではありますが、ここから様々なステップを踏んでいます。
「年齢に関係なく、やる気があればいつまででも働けるように」とは、逆に言うと「早く別のステージやフィールドへ行きたい人については、それを応援しよう」という意味合いでもあります。つまり、「いつまででも」とは必ずしも「長く」ということではなく、短くても良いということです。そういう事で、段階に分けて導入しています。
まず、定年を65歳に引き上げたのが2007年4月です。その後、いつまででも働けるようにということで、多くの会社では60歳から再雇用となるところ、弊社の場合は65歳からの再雇用を取り入れました。その時に、「あなたと決める定年制」という制度を導入しました。この制度では、会社とのニーズが合い、長く働きたければいつまででも働ける一方、早くお辞めになり、第二の人生は別のところで活躍したいという社員に対しては、それはそれで応援するという形となっています。
簡単にご説明しますが、その時に変えていなかったのが「役職定年」でした。「65歳定年」や、「あなたと決める定年制」を導入しましたが、一部の例外を除いて「56歳役職定年」は継続したままでした。これが次第に制度上の課題となっていったため、昨年の4月より、役職定年を56歳から60歳に上げました。ただし、それ以降も残れるような道筋は作ってあります。
「65歳定年」や「あなたと決める定年制」を取り入れるにあたり、キャリアプランセミナーを開始したり、キャリア支援室を新設したりしました。また、残ったままとなった「56歳役職定年」における賃金カーブは、56歳で一度ある程度下げ、60歳までは評価昇給等で上がっていき、60歳から65歳までは少しずつ下がっていくというものでした。
また、逆に早くお辞めになることに対してのサポートをするということで、51歳~62歳までの退職者は、年齢や資格によって300~2000万円の早期退職加算金のような制度を導入しています。このような制度を進めてきた結果、いくつかの課題が顕在化してきました。特に役職定年の部分です。
56歳で減額、そしてライン管理職から外れるということで、定年までの約9年間、役割が不明確なまま働くという状況が生まれるケースが出てきてしまいました。もちろん、自分の役割をはっきり定義し、頑張って自身でモチベーションを高く持って働ける人もいる一方、まわりに明確にしました。その代わり、60歳からは大幅に賃金を下げています。そのため、賃金だけで見ると60歳定年再雇用のように思えますが、「60歳であなたの役割が明確に変わります。だから賃金が下がります」という形にしようと決めました。ただ、年齢に関わらず活躍し続ける方はいるので、管理職に認められれば賃金の減額はしないという道も残されています。つまり、引退モードではなく学び悪影響を及ぼす人も出てきてしまいました。また、キャリアセミナー自体が「老後のマネープランをどうするか」という内容になってしまっていることも手伝って、「50代はもう引退モードである」と考える社員が多くなってしまうこともあり、モチベーションの低下に繋がっていました。
この状況は深刻だと判断し、いつまでもそれぞれの持ち場で会社の成長に貢献してほしい、つまり、引退ではなく、頑張りたい方はある意味永遠にでも頑張って頂けるようにしなくてはいけない、つまり50代は引退モードではないということを明確に打ち出すために、いろいろな取り組みを行いました。
一方で、人件費の増加は押さえたいということもあり、こういった中で今できる一つの解決策として、制度の改善に着手しました。これが良いかどうかは議論がありますが、まずは昨年の4月から、56歳の減額をやめました。また、役職定年もやめ、60歳までは第一線で働いて下さいというメッセージを続けてほしい、隠居してもらっては困るということを明確に言っているということです。
実際にどんな社員がいるかという例を簡単にご紹介します。
65歳以上の再雇用の社員は「プラチナ社員」と呼ばれています。
一人目は、65歳で再雇用のため給料は下がっていますが、自分の付加価値を見つけて、全国を飛び回っていろんな商談で活躍している人が良い例です。
二人目は、66歳まではプラチナ社員として働き、本人の意欲はありましたが、会社側のニーズと合わず退職したパターンです。簡単に整理すると、一人目は会社と本人のニーズや役割が合っていましたが、二人目は会社としてのニーズはないが、本人だけはやる気があるというミスマッチが発生しました。
三人目は、言葉は悪いですがまわりに悪影響を与えてしまったパターンです。56歳から役職定年となり、よく役割が分からず、モヤモヤしたまま65歳を迎えてしまいました。
四人目はライン管理職は外れたが、自分なりに65歳までの新しいキャリアプランを立て、上司と相談のうえ、様々なセミナーに参加して仕入れた情報に自分の知識を加えて後進の指導をバリバリに行ったパターンです。
五人目は、新しい制度となり、昔の制度では56歳で役職定年となっていたところを、逆にこの人はまだまだ伸びるということで、57歳以降に部長に昇進させ、第一線で活躍してもらったパターンです。
このようにいろいろなパターンがあるため、結局のところどこまでシステマチックにできるかという課題はありますが、会社の期待する役割と本人の希望とのマッチングが大切であると思います。
会社と本人とのマッチング度合はケースバイケースで異なりますが、1つ言えるのは、学習院大学の今野先生がおっしゃった「かわいい高齢者(※1)」という言葉があって、私はこの言葉がとても腑に落ちました。ベテラン社員の方は、過去の経験やプライドもあり、それをベースに上から目線になってしまう方が多くいます。しかし、それではうまくいきません。ですから、いかに自分の立ち位置や今の自分の役割は何かを理解してやっていかないと、「かわいい高齢者」にはなれません。また、ご本人が新しいことを自ら学んで変わる必要があります。つまり、客観性と主体性がないと「かわいい高齢者」になることは難しいと思います。
以上、こういうことをやってきました。しかし、100点満点ではありません。例えば賃金カーブだけで見ると60歳定年再雇用のような形になってしまっていますし、あるいは本当に65歳定年を維持すべきなのかということなど、次にやるべきことは沢山あります。今後、いろんなことを考えながらやっていきたいなと思っています。私からは以上です。ご清聴ありがとうございました。
※1:前学習院大学経済学部教授 今野浩一郎氏の言葉を引用
「引退モード」ではなく「生涯現役」へ。そのためには…?
石山
ありがとうございました。
これから私から江上さんに今のお話についていくつかお伺いしていきたいと思います。
今のお話の1つのポイントは、65歳まで定年を延長しましたが、56歳の役職定年の後、残りの9年間は引退モードになってしまうことが問題となったため、「引退モードではない」ということを伝えるにはどうしたら良いかということに注力された点です。引退モードの問題は各社の皆さんがおっしゃっていて、賃金と人件費の両立を考えるとどうしてもある程度、賃金の調整が必要となります。また、賃金の問題だけではなく、先ほど江上さんもおっしゃったたように、キャリアプラン研修の中でマネープランだけを重視してしまうと、引退モードになってしまうという例も聞きます。あとはやはり役職定年やそれに準ずる状態になってしまうと、会議やメールが激減し、何か新しい仕事が来ても、今更私がでしゃばるよりも、若い人にやってもらおうというような意識で、新しい仕事に消極的になることもあろうかと思います。江上さんのお話では賃金制度の改定についてお伺いしましたが、それ以外に、割り当てられている役割やミドル・シニア層に対するメッセージ、あるいは人事考課や上司マネジメントに関する部分で、何か引退モードというものをなくす仕組みや事案があればお聞かせ頂けますか。
江上
1つは石山先生がおっしゃっていたキャリアプランセミナーの中身をガラッと変えました。今までは、マネープランが中心だったものを、「生涯現役」というメッセージのもと、「今何ができるのか」「今何をやりたいのか」「何をすべきなのか」を中心に考えてもらうようなセミナーに変えました。自分自身の棚卸をしてもらうようなセミナーで、人生を振り返った時に自分は何をやりたかったのか、何が得意だったのかというところに、自分の経験を組み合わせて、あと何年間自分はどういうことをしていくかというように、マインドを根本的に変えます。また、これはこれからやろうとしていることですが、60歳で賃金が大きく変わった後の役割を紙に残し、言った言わないの世界にならないようにする、上司が変わった時にも内容が引き継がれていないということが無いよう、タレントマネジメントとして収録、証拠として残しておくことで、役割を明確に決めることが大事になると思います。
石山
ありがとうございます。日本の企業の人事制度だと、「役割」の明確化はまだまだ課題のひとつです。ミドル・シニアから役割の明確化を進めていくという今の話から、役割の明確化がやる気に繋がるということもあるのではないかと思います。
次の質問ですが、先ほど、「かわいい高齢者」になることが大事というお話がありましたが、活躍できる人とできない人に分かれてしまうがいる中で、会社ニーズと本人ニーズが合っている人が一番良いということでした。本人に意欲があっても会社ニーズに合っていない人は困りますし、どちらもない人はもっと困るということで、大きく分けると3つくらいのパターンに分けられると思います。そのようなパターンに分かれてしまう理由として、何か個々の差や特徴があるのでしょうか。
江上
合っているかは分かりませんが、1つには本人の素直さや謙虚さがあるのではないか思います。自分が今までやってきたことはある訳ですが、そのうえで、自分の今の立ち位置を謙虚に、客観的に見られるかということです。また、下の人からの教えを乞うことに心理的なハードルがないということも1つです。年下のあいつの言うことは聞けない、なぜ後輩に聞かなければいけないのだなど、頑固なプライドを持って、自分の存在感を見せたいという考えが入ってしまうと、そこで衝突が起こっていまいます。周囲との付き合いにおける考え方の差があるのではないかと思います。一方逆の立場からすると、若い上司は、年上部下だからと言ってその人の意見を尊重するだけでなく、自らの意見も主張し、お互いに協調することが大事であると思います。
石山
はい、非常に重要かつ、難しい問題であると思います。本来は素直で謙虚で年下の方から教えを乞うことが必要ですが、役職定年のような状況におかれた時に、会社と切り離されたと認識してしまうと、かえって自分を強く見せようとして、昔話や自分の経験を語ってしまい、謙虚でも素直でもなくなるという難しい話だと思いました。それではもう1つ質問です。確かに謙虚で、年下から教えを乞える人は素晴らしいと思うのですが、それは60歳あるいは56歳になった時に、それができなかったらもう終わりだと夢がないように思います。こういった姿勢やマインドはシニア層であっても、さらに培うことができるのでしょうか。それとも、30代40代の時に決まってしまうものなのか、そのあたりのことを伺いたいと思います。
江上
いろんなご意見があると思います。一部では、人の考え方は二十歳には決まってしまうという意見もあり、もしかするとその時点ですでに固まっていて、変わるというのは難しいことなのかもしれません。それでは夢がない話になってしまうので、全部ではなくとも一部だけでも変える、あるいは意識ができるようになる、自ら気が付くことが非常に大事になってくると思います。我々もシステマチックにできている訳ではありませんが、現在実施している多面観測(いわゆる「360度評価」)やコンピテンシー面談等を通してきちんと本人にフィードバックをすることで、本人に気が付いてもらうという方法しかないのではないかと思います。これでも気が付いて頂けない人については、残念ながら仕方がないと思わざるを得ません。
石山
ありがとうございます。やはり、ご本人が何か気が付いて変わろうと思えば誰でもいつでも変われると思いますし、気が付かずに変わろうと思わなければそのままになってしまう訳です。また、サトーホールディングスさんのおっしゃる「素直さ、謙虚さ」の重要性は画期的で、これを360度でおやりになっているのはポイントになると思います。
もう一つだけお聞きしたいのが、若手の方が年上部下の意見を尊重する気持ちも大事だというお話がありましたが、とりわけ年下上司の方がいかに上手く年上の方をマネジメントするかというのは本当に重要だと思います。このあたりのことについて、御社で年下上司の方が上手く年上部下をマネジメントしているといったような事例はありますか?
江上
弊社は2007年あたりからいろいろなことに取り組み、年下上司の配置というのも早い段階でやってきています。その中で上手くいっているケースというのは、ほとんどの場合が、先ほどもお話したようにお互いが尊重しているということです。年下上司が年上部下に対して、「自分の部下だけれども、あなたの経験も尊重して、話を聞きます」という姿勢が必要だと思います。また、上司だから偉いという訳ではなく、たまたまそのような役割を負い、役割上、年上部下をマネージする必要があるため、お願いをするというように、自分の立場を役割として認識することが大事だと思います。
石山
本当にありがとうございます。一番大事なことは、個人としてお互い尊重し合うことだということであることが、非常によく分かったと思います。サトーホールディングスの2007年からの取り組みを江上さんから赤裸々にご紹介頂きました。江上さん、本日はありがとうございました。
講演者プロフィール
石山 恒貴 様
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、 法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了、博士(政策学)。 一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境学習、キャリア、人的資源管理等が研究領域。人材育成学会理事、NPOキャリア権推進ネットワーク授業開発委員長。
主な論文:Role of knowledge brokers in communities of practice in Japan, Journal of
Knowledge Management, Vol.20,No.6,2016.
主な著書:『越境的学習のメカニズム』福村出版 2018年、『パラレルキャリアを始めよう!』ダイヤモンド社 2015年、『組織内専門人材のキャリアと学習』生産性労働情報センタ- 2013年、他
サトーホールディングス株式会社
執行役員 最高人財責任者(CHRO)
江上 茂樹 様
1995年より三菱自動車工業株式会社ならびに三菱ふそうトラック・バス株式会社にて人事部門に従事、2010年から2015年まで三菱ふそうトラック・バス株式会社 人事・総務本部長として新しい人事スキーム・人事制度の導入やグローバル化を牽引。
現在はサトーホールディングス株式会社にて、執行役員 最高人財責任者(CHRO)のポストでグローバルな人財の育成の強化に尽力している。
サトーホールディングス株式会社
自動認識システム機器の総合メーカーとして、バーコード関連機器・ICタグなどを製造。
製品と情報をつなぐ技術で自動認識ソリューションを提供している。
※サトーホールディングス株式会社の会社概要はこちらよりご覧ください。