法政大学大学院 政策創造研究科 教授 石山 恒貴 様
株式会社ニチイ学館 執行役員 遠藤 みち子 様
JAD事務局部長 高橋 徹
平成28年6月9日(木)、日本経済新聞社・日経BP社主催による「Human Capital2016」にて、セミナー「女性が活躍する企業の『組織風土』のつくり方」を開催しました。
法政大学大学院 政策創造研究科 教授 石山 恒貴 様にご登壇頂き、女性が活躍する組織風土のポイントについて解説して頂きました
また、後半は、株式会社ニチイ学館 執行役員の遠藤 みち子 様、JAD事務局部長 高橋 徹によるパネルディスカッションを行いました。
女性活躍に立ちはだかる壁
石山 みなさまおはようございます。
本日のセミナーですが、まず私から一般的な女性活躍と組織文化の関係についてお話しした後、パネルディスカッションの形でニチイ学館さんから詳しいお話を伺いたいと思います。
題名にもありますとおり、ニチイ学館さんは管理職比率7割を超える企業です。
女性活躍推進に関するランキングでは1位にはなっていないのですが、私は実質No.1と言ってよいのではないかと思っています。
これは業界の問題ということでもなく、業界平均と比べてやはり高い比率ということで、やはりそこには何か秘密があるのではないかと思います。
ただ、それが施策とか制度といったカチッとしたわかりやすいものではなく、組織文化にあるのではないかとにらんでおります。
しかし、文化というのは外からはなかなかわかりづらいものです。
今回は40分と短い時間ですが、そのあたりも深掘りできたらと思います。
私の自己紹介をしますと、法政大学大学院で社会人と働き方について考えるゼミを担当しています。
いわゆる社会人大学院でして、ちなみに日馬富士さんも我々の研究科に通っています。
最近、働き方の多様化ということが話題となっていますが、私もパラレルキャリアについての本を出しています。
これは仕事をしながら社会活動をするという取り組みのことで、地方・地域でもこうした動きが進んでいます。
さて、本題となる女性の活躍についてですが、日本では女性の労働力率が低いということがあります。
特に問題と言われているのが「M字カーブ」です。
こうした現象は世界でも日本と韓国だけだと言われています。
また、管理職割合の低さも日本と韓国が非常に低いといわれています。
この要因として取り上げられるのが、昇進を希望する女性が少ないという問題です。
ではなぜ少ないかというと、仕事と家庭の両立が困難だとか、周囲に女性の管理職が少ないといった理由が挙げられます。
それは本人の問題ではなく、長時間労働や転勤が前提となっている働き方や、ロールモデルが少ない等、女性の周囲を取り巻く複合的な問題があるわけです。
また、女性の働きにくさの壁として、育休復帰時の問題だけではなく、学童保育に関わる「小4の壁」などの問題や、いわゆる「ガラスの天井」の問題もあります。
離職後の復職の困難さや、税制面・社会保険の壁もあります。
さらには、男性と同様に働きたい女性と、育児・家事のために仕事が軽減された状態で働きたい女性、両者の間での争いが誘発されている、といった問題も出ています。
この問題も、女性だけが家事・育児・介護といったケア責任を全部背負わされていることから来ていると言えるでしょう。
「優しさの勘違い」をなくそう
石山 なぜ今、女性活躍推進やダイバーシティが取り上げられているのでしょうか。
社会的にそうしないといけないからということではなく、女性を含め多様な人が働けるようにすることでグローバルな経営で競争優位を獲得する、という考え方が出ています。
また、このような考え方で対応している企業の方が、女性活躍推進もうまく進んでいるという実情があります。
近年、「ポジティブアクション」の必要性が言われています。
あるメーカーでは、最初は、女性が働きやすくするには管理職が女性に気を使ったり、女性が育休をとる時に「長く休んでいいよ」と言ったりしていたのですが、離職率がまったく減らなかったそうです。
そこで、経営トップが、管理職が優しくするのではなく、仕事の醍醐味を味わってもらうことが大事だと方針転換をしました。
出産・復職の女性は大変そうだから責任ある仕事をさせない、それが優しさだと勘違いしていた、と気づいたわけです。
例えば、出産から6か月未満で復帰した場合はその分手当も厚くする、といった施策を行ったところ、女性の離職率は半減したそうです。
育児休暇を必須にしているある生保企業では、男性の取得日数は数日程度であっても、男性側の意識を変えるという効果はあったそうです。
これまではこどもが熱を出して帰るという社員に対して、いけないとは思いつつもイラッとしていたがその気持ちが理解できるようになった。
あるいは誰かが病気などでいないときでも回せるようなマネジメント体制をとるようになった、などの声が上がっています。
「お互いさま文化」と「対話のある職場」
石山 女性が活躍している企業の組織文化を見ると、2つの特徴があります。
1つは、「お互いさま文化」です。
例えば、育児や介護などを優先せざるを得ない働き方をしている同僚や部下がいた場合、皆様の職場ではどうしているでしょうか。
私が見た女性が働きやすい職場では、子供がいる人もいない人も「お互いさま」と休むことができます。
子供がいない人であっても、介護や病気など、何か違う理由で休むことがあるかもしれない。
だから休むときは「お互いさま」だというわけです。
こうした企業では、お互いに褒め合う文化も根付いています。
特に、経営者から社員に対して褒める、という働きかけをしています。
ある企業では、社長自ら、社員の家族宛に、その社員の良い働きぶりを書いたメッセージカードを送っているそうです。
こうした姿勢が管理職にも伝わり、部下の良いところを褒めるようになる。
そうすると、部下もお互いに褒め合う職場をつくる。といった具合に広まっていきます。
もう1つは、「対話」のある職場です。
ある企業では、社長の過去の勤務先が、深夜0時を越えるまで帰れない、いわゆるブラック企業のような特徴があったため、そこでの苦い体験を踏まえた職場環境の整備をしました。
社員が残業せずに帰宅できるための施策をつくり、かつ、トップダウンで徹底させました。
しかし、その企業には課題がありました。
社長からのトップダウンで進めていたため、社員が意見を言えず、働きにくいと感じていたのです。
ある日、社長は社員からの指摘でそれに気づき、自ら、これまでの姿勢を謝罪したのです。
この経験を通して、社長のスタンスも変わりました。
「早く帰る方法は、社員が知っている」と考え、社員の意見を聞くようにスタンスを切り替えたことで、社員が働きやすい会社になったのです。
こうした事例を見ていきますと、ポイントはやはり組織文化なのではないかと思います。
「お互いさま」と相手を尊重しあい、「対話」で意見を言い合える文化をつくることが、カギを握っているのではないでしょうか。
いま、ワールドカフェという組織開発手法がありますが、まさしくカフェのような雰囲気で言い合える組織文化を会社につくることが大切です。
女性だけではなく、いろいろな人が働きやすい組織文化をつくるということにつながります。
ただ、こういう話をしますと、組織文化はなかなか変わらない、特徴のある会社だからできたのだ、といった声が出てくるかもしれません。
しかし、実は意外に職場単位でできる工夫もあるのではないかと思います。
こうした前提を踏まえて、いよいよニチイ学館さんにお話を伺っていきましょう
親として、主婦として学び合い、助け合う職場
高橋 JAD事務局の高橋と申します。よろしくお願い致します。
私はニチイ学館からJADに出向しておりまして、今日はニチイ学館の社員という立場からお話しできればと思います。
ニチイ学館は創業48年を迎える企業で、介護事業のほか、医療、保育、語学事業も行っており、全国規模で展開しています。近年は中国への事業展開も進めています。
売上高は2015年3月期で2,718億円、従業員数は2015年3月時点で社員16,805名、業務社員79,785名です。
女性の管理職比率ですが、課長職以上の比率は過去3年すべて7割を超えています。2015年3月時点の管理職数は4,094名、うち女性が3,186名となっています。
石山 高橋部長にはニチイ学館の男性社員代表として、女性が活躍する会社の男性はどういったお気持ちなのか、後ほど聞いてみたいと思います。
さて、今回はニチイ学館執行役員の遠藤様にお越し頂きました。まずは遠藤様が執行役員という立場になられるまでの経緯をお伺いできればと思います。
遠藤 私がニチイ学館に入ったのは30年近く前になりますが、当時は専業主婦でした。
子供が小学校に上がり、育児の手が離れたところで、お小遣い稼ぎがてら働きたいと思い、医療事務の勉強を始めました。
その後パート社員としてニチイ学館に入社しました。
当時は手書きのレセプト作成の仕事で、月末月初の10日間くらい仕事をしていました。契約社員として5年ほど働いていました。
当時は支店長も全員女性でしたが、「パートもいいけど、40歳の声を聴いたらしっかり働いてみてもいいんじゃないですか」と声をかけて頂きました。
その言葉に背中を押してもらう形で、支店の内勤としてフルタイムになりました。
その後は営業部長、人事部長、経営管理室長、教育事業部長などの仕事を担当させて頂き、今は執行役員となっています。
当時、やはり一介の主婦が支店に入って責任のある仕事を任せていただくことには迷いもありました。
ですが、支店長も主婦の方で、その方への憧れもありまして、その方がお声をかけてくださるのであれば思い切ってやってみようと思いました。
石山 専業主婦だった遠藤さんがパート、契約社員から始まり、マネージャーになり役員になっていかれたわけですが、そこには抜擢といいますか実力をきちんと見るということがあったのだと思います。
あわせて、医療事務の仕事において、そこにコミュニティ的な雰囲気があり、それが大企業になってもうまく続いているのではないかとも感じています。
どういったコミュニティがあり、それがニチイ学館の組織文化として繋がっているか、教えていただけますでしょうか。
遠藤 もともとはレセプト作成の現場から始まっているのですが、当時はチーフを含めた4-5人のグループで医療機関に入って働いていました。
スタッフはみなさん主婦でしたので、生活感がそこにあったといいいますか、いろいろ家庭のことを話す機会が多かったですね。
お昼ごはんの時に自分の子供がどうとか、家庭の様子をオープンに話すことができる関係でした。
チーフはお子さんがすでに大きかったので、子育てについて教えてもらったり相談の場にもなったりしました。
仕事プラス、親として、主婦として学ぶことが多く、そこでお互いに助け合う、という関係でした。
ですので、「受験なんです」「試験なんです」「子供が具合悪いんです」というと、「休んでいいよ」と。
10日間と期限が決められている仕事ですので、休んだ分は他の方がフォローをしないといけないという厳しい現場ではありました。
ですが、助け合いの言葉をかけてもらって抵抗なく休ませてもらえました。自分も逆の立場になったときは「休んでいいよ」と言える。
それが仲間の中で当たり前に根付いていたんじゃないかと思います。
石山 厳しい現場でも主婦の助け合いの文化が継続しているということですが、これは不思議な話で、組織の最初の段階ではあったとしても、組織が大きくなって大企業になるとその雰囲気が継続するのは難しいのでないかと思うのです。
先ほど遠藤さんのお話に、支店長が背中を押してくれてマネージャーになったという話がありましたが、ニチイ学館の組織文化の継続に重要な役割を果たしているのでないかと推測しています。
ニチイ学館さんの支店長の役割を教えていただけますか。
遠藤 ニチイ学館は医療事務をはじめとした地域に根差したビジネスをしていますので、やはり支店長の力が重要視されています。
会社の方針やルールはもちろんありますが、その中で各地の特徴を生かした現場での裁量権を持たされています。
支店長のアイディアや能力に結果が左右される仕組みですので、支店長を重視する文化は残っていますね。
石山 夫の転勤で妻が離職せざるを得ないという問題がありますが、最近、先進的な企業ではそれに対応する制度が作られ、注目されています。
事前にお伺いした話では、ニチイ学館では制度ではなく、支店長どうしのやりとりで対応されている、それも長年そのような形で行っているというお話でしたね。
遠藤 そうですね。スタッフから「主人が転勤なんですが、やめないといけませんか。」という相談があれば、引っ越し先のエリアの支店長に電話をかけて「すごくいい子なんだけどどうかしら」と。
「ああいいわよ、経験者だったら大歓迎よ」というやりとりになりますね。
全国に病院やクリニックとの9,000件に及ぶ契約がありますし、介護や保育の仕事も全国各地にあることも大きいとは思いますが、当社ではこうした動きがすんなりと、当たり前のこととして行われています。
石山 これは一例だと思いますが、制度でこうした動きを担保するのではなく、支店長の裁量でできてしまうわけです。
これがニチイ学館の女性活躍の秘密だと思いますが、逆に言えば、制度で運用していないために「女性活躍推進」のランキングとしては(施策面のポイントが低くなるため)上位には上がってこない、という逆転現象が起きているわけです。
優秀な管理職の特徴は「おせっかい」
石山 これも事前にお伺いした話ですが、「この人いいな」という支店長の特徴を聞くと、「おせっかい」な人だという話も伺いました。
このあたりもう少し詳しく聞かせて頂けますか。
遠藤 主婦が多いせいか、感覚的におせっかいというか気になってしまって「どうなの」とついつい声をかけてしまうということがあります。
「最近お休みが多いけどどうしたの」「今日はお昼を食べてないけどどうしたの」と声をかける。
男性は思っていても口に出さない方が多いのですが、私たち女性はつい言ってしまうのです。
「どう」「大丈夫」「顔色悪いね」とか、仕事でも「残業多いね」「大丈夫」「他の人に振ろうか」とか。
おせっかい的なんですね、いろんなことが。
やはりメンバーを見ていると、口に出してしまう。
仕事をうまくできる環境にするために、私たちは何を見てどうすればいいか、ということを常に考えているからでしょうか。
私にも「おせっかいおばさん」のようなところがあるのですが(笑)、全国に同じような「おせっかい支店長」がいるのです。
こうした人たちによって、おせっかい文化が残っているのではないかと思います。
石山 介護や育児といったライフキャリアと仕事が切り離せないときに、どちらかというと管理職は部下のプライベートに立ち入ってはいけない雰囲気がある、という話もよく聞きます。
一方、ニチイ学館さんの場合はおせっかいな管理職が強いし、推奨されている、というのが秘密ではないかと思います。
さて、そうしたおせっかいな女性管理職に囲まれている男性社員の気持ちはどういうものなのかな、というところを高橋さんに聞いてみたいと思います。
高橋 おせっかいということでは、とにかく話をされてくる、というのはありますね。
実は遠藤は3月まで私の上司だったのですが、自分のペースを乱されるというくらいの会話の量になったりはします (笑)。
ただ、コミュニケーションをとることで、その後の仕事がスムーズに流れるということが現実にありますので、それは良い時間だったのではないかと感じています。
また、おせっかいということでいえば、私自身配慮してもらったというエピソードがあります。
2人目のこどもが産まれるときの話ですが、妻が1か月入院したのです。
上の子は3歳でした。
会社は9:00-17:15の就業で、保育園は7時30分に預けて19時までに迎えに行かないといけない。
非常にタイトなスケジュールで、しんどい思いをしていました。
当時の上司も女性でしたが、そのことを相談したところ、家庭も仕事もできる範囲でやればいい、とアドバイスをしてもらいました。
そのおかげで1か月なんとか乗り切ることができました。
非常にありがたかったなという思い出があります。
石山 まだまだお話を聞きたいところですが、時間になってしまいました。
企業単位の変革は難しいかもれいしれませんが、「お互いさま文化」「おせっかい文化」は、職場単位でも実践できることがあると思います。
なにがしか参考にしていただければ幸いです。
せっかくですので、JADさんには今日の内容のロングバージョンも企画してもらえればと思います。(笑)
本日は短い時間でしたが、ありがとうございました。
講演者プロフィール
法政大学大学院 政策創造研究科 教授 石山 恒貴 様
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、
法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了、博士(政策学)。
一橋大学卒業後、日本電気(NEC)、GE、米系ヘルスケア会社執行役員を経て、現職。
ASTDグローバルネットワークジャパン理事。
主な著作に「組織内専門人材のキャリアと学習」(生産性労働情報センター)、「時間と場所を選ばない パラレルキャリアを始めよう!」(ダイヤモンド社)など。
株式会社ニチイ学館 執行役員 遠藤 みち子 様
大学卒業後、3年間の商社勤務を経て結婚。専業主婦となった後、子どもの手が掛からなくなったことを契機に、医療事務の資格を取得。株式会社ニチイ学館に契約社員として入社。
平成12年、正社員に登用され、船橋支店 副支店長となる。
平成21年に本社に登用され、人事部長、経営管理室長、教育事業統括本部代理などを歴任。
平成28年4月より執行役員 事業統轄本部 東京支社 事業三課主幹 兼 共育課主幹。
一般社団法人 全国産業人能力開発団体連合会 事務局部長 高橋 徹
平成2年、大学卒業後、新卒社員として株式会社ニチイ学館に入社。
入社時は総務部や新規事業開発部門に従事、介護事業の立上げも経験する。
その後、人事部次長として採用研修を担当。新卒研修や階層別研修を立ち上げ、研修企画から登壇までを担う。平成18年より広告部門責任者、総務部長、コンプライアンス推進室長等を歴任。
女性の管理職が7割を占める同社において、多くの女性役員・管理職と協働してきた経験を持つ。
平成28年4月より現職。