女性の学び・自己啓発を支援するには 〜学習・職場・施策の3つの観点から理解する〜

厚生労働省 職業能力開発局 育成支援課 企業内能力開発分析官 永瀬聡子 様
株式会社ユーキャン 執行役員 教育事業部 副事業部長 菊地昇 様
株式会社ニチイ学館 教育事業統括本部 本部長代理 遠藤みち子 様
モデレーター:ヒューマンキャピタルOnline編集長 小出由三 様



(2014年9月掲載)

平成26年7月17日(木)東京国際フォーラムで開催された「ヒューマンキャピタル2014」で、『女性の学び・自己啓発を支援するには 〜学習・職場・施策の3つの観点から理解する〜』と題したセミナーを実施いたしました。
ヒューマンキャピタルOnline編集長 小出 由三氏を案内役に、厚生労働省 職業能力開発局 育成支援課 企業内能力開発分析官 永瀬聡子氏、株式会社ユーキャン 執行役員 教育事業部 副事業部長 菊地昇氏、株式会社ニチイ学館 教育事業統括本部 本部長代理 遠藤みち子氏によるパネルディスカッション形式でおこなったセミナーの模様をお届けいたします。

人材育成と自己啓発の現状について(厚生労働省)

小出 女性の管理職比率が低水準にとどまる日本で「女性が働きやすい企業」に向けた活動が、各界で動き始めています。
政府は、女性管理職比率を2020年までに3割に引き上げる計画を打ち出し、経団連(一般社団法人日本経済団体連合会)でも女性管理職の登用へ向けたプランを公開しています。

そうした動きを踏まえて、今回は「女性の学び・自己啓発を支援するには」をテーマに身近な「学習・職場・施策」という3つの切り口で討論したいと思います。
パネリストには、さまざまな立場で「学びや啓発」に関わっているお三方にご登場いただきました。

最初は人材育成と自己啓発の現状について、厚生労働省職業能力開発局の永瀬聡子様に同省が調査した統計データをもとにご説明いただきます。

永瀬 職業能力開発局では、すべての人が能力を高めて適した仕事に就くことができるよう、再就職に必要な技能を身に付けるための職業訓練や、仕事に就いている人のスキルアップを支援する施策などを行っています。
今日は、その中でも「自己啓発の現状と関連の施策」についてお話をしたいと思います。

職業能力開発局セミナー資料

当局では事業主(事業所)と就労者に対して「能力開発基本調査」を毎年、実施しています。
最初にご紹介するのが事業所に対する調査です。
人材育成の現状に問題があるかどうかを調査したところ、その7割が「人材育成に問題がある」という回答でした。その理由は「指導する人材の不足」と「人材育成を行う時間の不足」が多く、企業側の人材育成をするための余裕がないという状況がうかがえます。

次に就労者に自身の職業生活設計※の現状を伺うと、正社員の7割は「自分で考えていきたい」「どちらかといえば、自分で考えていきたい」という回答でしたが、一方、正社員以外(以下、非正社員)では半数以下に留まりました。
また、非正社員では「分からない」という回答が約3割で、正社員と比べて2倍以上高くなっています。

’(※職業生活設計:労働者が、自らその長期にわたる職業生活における職業に関する目的を定めるとともに、その目的の実現を図るため、その適性、職業経験、その他の実情に応じて職業の選択、職業能力の開発および向上のための取組その他の事項について自ら計画すること)

自己啓発を行った割合を調べると、非正社員より正社員の割合のほうが高いという結果でした。
平成18年から25年の7年間の変化をみると、どちらも平成18年から自己啓発を行っている人の割合は上昇傾向にありましたが、ピークの平成20年を境に平成21年では大幅に低下しています。
その後、平成22年から平成24年にかけては若干上昇し、平成25年でまたやや下がっています。
ちなみに平成25年では自己啓発を行った割合は、正社員が44.3%、非正社員が17.3%です。

自己啓発の実施方法は双方とも「ラジオ、テレビ、専門書、インターネットなどによる自学、自習」、「社内の自主的な勉強会、研究会への参加」が多く、まずは身近なところから取り組まれているようです。
少ないのは「専修学校、各種学校の講座の受講」「高等専門学校、大学、大学院の講座の受講」となっています。
そうした自己啓発を行った方々のうち、国や勤務先の会社、労働組合などが設けている助成制度を活用しているのは、正社員では約47%、非正社員では約32%です。

さらに自己啓発を取り組む上で問題点について伺ったところ、約7割が「問題がある」と答えました。
その理由は「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」「費用がかかり過ぎる」という回答が多く、また「どのようなコースが自分の目指すキャリアに適切なのかがわからない」との回答も一定数みられました。
個別にみると正社員では「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」、非正社員では「家事・育児が忙しくて余裕がない」が多くなっています。

小出 正社員では「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」という悩みが断トツですね。
また非正社員では「家事・育児が忙しくて……」という理由が目立ちますが、おそらく女性の回答だと思います。

ただし今、「イクメン」などの言葉があるように、男性もそうした悩みで受けられないケースが今後出てくるかもしれません。
いずれにしても「忙しい」というのが障害になっているようです。

忙しい社会人への学習支援の考え方(ユーキャン)

小出 忙しい中、どういうポイントを押さえれば自己啓発を受けられ、継続できるのかを、株式会社ユーキャンの教育事業部副事業部長の菊地昇様に教えていただきたいと思います。

菊地 当社は通信教育の企業で、現在、約130講座を開設しています。
その中で今回のテーマに合う講座は「資格」系で40講座程あります。受講者は7割が女性で、大半が社会人です。
ちなみに年齢は20代・30代で6割、40代が2割です。

その他、特徴としては8割が初学者で、その受講目的は勤め先の指示ではなく「自己の能力向上」や「専門性を活かす仕事に就くため」です。
働く若い女性は前向きで、向上心を持って自己投資をしていることが伺われます。
そうした受講生に向けた当社の「学習支援」をご説明したいと思います。

まず、学習には3つのスタイルがあります。
「独学」「通学(対面型・ブース型)」「通信」です。
それぞれに長所と短所があり、どれがいいとは一概に言えませんが、いずれのスタイルでも継続はなかなか難しいものです。
その理由は先ほどもお話があったように「忙しい」ですね。

そこで当社では続けられるようにするために様々な工夫を凝らしています。
具体的には次のとおりです。

1.テキストを「見やすく」「使いやすく」「分かりやすく」する。

当たり前のことですが、多くの受講者は、初学者だったり、十数年ぶりに机に向かう方であったりするので、続けてもらうのは大変難しいのです。
先ほど、続かない理由は「忙しい」からと申し上げましたが、本当は「分からない」から続かないのだと思っています。
ですから、学習の中心教材であるテキストが分かりやすいというのは、大変大事だと考えています。

当社では、そうした方たちに続けていただくため、普通(通学型)のテキストとは全く異なったものを用意します。
例えば、対面授業で講師が受講者のやる気を引き出すような要素を紙面に盛り込む。
ゆったりとした見やすいレイアウトにする。
チャート図を多用する。
導入部分に何を学ぶのかが分かるような要約文や四コマ漫画を入れる。
「考えてみましょう!」などの問題提起を促すコメントを入れる。
ポイントナビゲーションキャラクターを設定し受講者を誘導する。
受講生が無料で使える動画を連動させるなど、です。

ARCSの動機付けモデルをテキストに盛り込むことも考えています。

2.習慣化への誘導

大人はなにしろ忙しいのです。その中で勉強を習慣化させるために、6つの工夫やポイントを指導します。

(1)隙間時間の有効活用です。1日に1時間とか1時間半などは捻出できるものです。

(2)いつでも学習するためには教材をしまい込まないことです。すぐに触れる場所に置いておいて、テキストを疎遠にしないようにします。

(3)「理解度は学習時間に正比例しない」ことを伝えます。

(4)「最初は分からなくてもあきらめず、続けていくことで分かるときがくる」と指導します。

(5)いきなり精読するな、ですね。分からなくても一冊、読み切る。 そして何度も繰り返して読むことが大事です。一冊読み切るスピードは徐々に上がっていきます。 分からないところに付箋を付け、分かるようになれば付箋をとっていく。そうすれば達成感につながります。

(6)スケジュールの支援です。計画を立てても予定通りにはならないものです。遅れてしまうと、自分はだめだと思い込んで脱落してしまう……。そうならないようにリ・スケジュールのお手伝いをするようにしています。

3.問題解決・回答機能をもつ

学習を進めていくうちでどうしても分からないところが出てきます。
その場合、疑問を解消する機能は必要です。
学習の内容が分からないというものだけでなく、学習の進め方が分からないとか、はかどらないなど学習の仕方についての質問も受けています。
ちなみに当社の質問方法はメール、FAX、郵便、電話と様々ですが、今はメールが8割です。

4.継続できる動機付けを仕掛ける

今、注目しているのはゲーミフィケーションです。
簡単にいえばゲームはやめられなくなってしまいますが、そこにある動機づけの要素を、提供する学習サービスに取りこみたいということです。

これら4つのポイントを、当社では「指導」と「支援」に分けて実践しています。
ちなみに指導とは、学習を通じて身につける知識と技能を教えること。
支援とは学習を続けることへの働きかけです。
この「指導」と「支援」の適切な配分と連携が重要だと考えています。

余談ですが、通信教育の受講者には2つのタイプがいらっしゃいます。
一つは人知れず学習して合格したら話す人、もう一つは周りに自分から「勉強しているよ」と言って、自分を追い込んでいくタイプです。

小出 ありがとうございました。
受講者の7割が女性で、2つのタイプがいるとのことですが、どちらもどこかのタイミングで自分のしていることを話すわけですよね。
女性は伝える能力が高く、「学習がためになった」「役に立っている」などの有益な情報を周りに話します。
影響力をもつインフルエンサーとなるのです。
それはとても素晴らしいことだと思います。

女性が生き生きと働くための秘訣(ニチイ学館)

小出 次に働く現場という視点でお話を伺いたいと思います。

今回は、株式会社ニチイ学館の教育事業統括本部 本部長代理の遠藤さんに、女性が責任ある立場で生き生きと働くための秘訣を教えていただきます。
ちなみに、株式会社ニチイ学館は、当社の『日経WOMAN』が毎年行っている「企業の女性活用度調査」の管理職登用度部門で1位になった企業でもあります。

遠藤 現在、当社の社内取締役は16名いますが、その中で女性は5名います。
また、管理職、つまり課長以上は3千人ほどで、管理職の7割は女性です。

主な業務は医療・介護、保育、生活支援などで、とくに医療関係では、2千件以上の病院と契約し、各病院に医療事務スタッフを配置させています。
中には、200名以上の当社スタッフを配属している大規模な病院もあります。
そうした病院には、スタッフをまとめるFM(フロントマネージャー)という責任者がいます。
FMの仕事は、人材配置・管理・育成、病院側との交渉など多岐に渡ります。
そのFMは全国に400名以上いて、9割が女性です。

ご紹介いただいたように多くの女性たちが責任ある立場で活躍していますが、だからといって会社としての女性に対する特別な措置があるわけではありません。
私も最初は主婦のパートとして始め、徐々に仕事の内容が変わり、今に至ります。
私のような女性が仕事を思い切ってできるのは、ほぼ女性の職場なので、結婚や出産、介護などで問題が生じてもお互い助け合って仕事ができるからだと思います。
また、ご主人の転勤やご両親の介護で引っ越ししても、全国にある支店や提携先の現場で受け入れてもらえるのも大きな理由かもしれません。

そう考えると当社には女性に対して特別な制度があるわけではく、おそらくそういう企業風土なのかもしれません。

小出 皆で自分たちが働きやすい職場を作っているんですね。日常的にいろいろな会話をすることで、知恵や解決方法が生まれるのではないでしょうか。

私は仕事柄取材で会社に訪問する機会が多いのですが、IT企業などは要件をすべてメールで済ませ、社員同士が1日会話をしないこともあるようです。
私自身は会話をすることで、多様な発想が生まれると思っているので、女性の「雑談力」は貴重な戦力になると思っています。

遠藤 日常会話は普通にしますね。子供のことファッションのことなど一般的な内容です。

ただ当然、それだけでなく仕事の話も常に話し合っています。とくに病院の業務の場合、法や国の制度などと関連しますので、知識がないと業務が進みません。
そのため職場の中で、円滑に業務を進めるため講習を開くこともあります。
そういう意味では向上心がないと務まらない仕事です。

実は、管理職としてFMをお願いするとき、事前にご本人に打診するのですが皆さんほぼ躊躇されるんです。
それだけご自身の生活を大事にしているのですが、それでも仲間を守ってあげたいという気持ちが強いようで、最終的には受けてくださる。
おかげさまで皆さんとても責任感があり、仲間を思いやる気持ちも強い方ばかりです。
女性は母性本能が強いんですよね。

今、私は本社にいますが、支店も現場も経験してきました。現場の苦労はよく理解できます。
その気持ちを忘れずに、現場目線で物事を考えていくことが大切だと思っています。
そして、現場で一緒に働いた仲間たちとは仲良くさせていただき、声をかけるようにしています。仕事でいちばん辛いのは孤独感だと思うのです。
一人じゃない、って思っていただき、お仕事に自信を持って長く勤めていただけるようにしています。

小出 ありがとうございます。連携することで、自分たちで働きやすい現場を作っていく、一つの理想的な形です。

自己啓発のための施策・助成制度(厚生労働省)

小出 最後に、もう一つ「自己啓発を実践したいけど経済的に余裕がない」という声がありました。
実は自分たちが知らないだけで、国の助成制度も充実しています。
その点を永瀬様に教えていただきたいと思います。

永瀬 若者や女性の活躍促進が政府の最重点課題の一つとなっており、厚生労働省では、職業能力開発の施策として、若者等の中長期的なキャリア形成の支援、あるいは育児休業中や復職後等の能力アップに取り組む企業への支援などを進めています。
そうした中で、自己啓発に関連した施策も充実が図られており、3つの施策についてご紹介します。

一つ目は、企業等を対象としたキャリア形成促進助成金です。
これは主に中小企業に対する助成で(一部のコースは大企業も対象)、職業訓練などを実施する事業主に対して訓練経費や訓練中の賃金を助成し、労働者のキャリア形成を促進するものです。
様々なコースがありますが、注目していただきたいのが、この3月に創設された「育休中・復職後等能力アップコース」と、労働者の自己啓発を支援する「自発的職業能力開発コース」です。
育休中・復職後等能力アップコースは育児休暇中の自己啓発、復職後、再就職後の能力アップのための訓練を支援します。

キャリア形成促進助成金を利用していただいた事業主に、利用状況の効果のアンケートをとったところ、約3割強が「資格取得させるのに役立った」「従業員の自発的な能力向上や資格取得を促すことに役立った」と回答しており、訓練そのものの効果だけでなく従業員の自発的な取組にもつながっていることがうかがえます。

二つ目は、働く人を対象とした教育訓練給付です。
これは雇用保険法に基づく給付制度で、労働者が自ら費用を負担して教育訓練を受け、修了した場合に、その教育訓練にかかった費用の一部に相当する額を支給するものです。

現在、厚生労働大臣が指定する教育訓練給付の対象講座は9,084講座(26年4月1日現在)あります。
すべて資格取得や技術のスキルアップ等、仕事に役立つ、就職につながるものです。

この制度については、10月1日から拡充を予定しており、厚生労働大臣が専門的・実践的な教育訓練として指定した講座を受講した場合は、給付割合を引き上げ、中長期的なキャリア形成を支援することとしています。
例えば、看護師や介護福祉士など業務独占資格、名称独占資格の取得を目指すものや、専門学校と企業が連携して編成した職業実践専門課程、専門職大学院などで指定基準を満たす講座が対象となります。

最後に、そうした職業能力を見える形にしていく、職業能力評価制度についてです。
物づくり分野を中心とした技能検定制度はすでにありますが、これに加えて企業横断・業界共通の能力評価の「ものさし」として業界検定を新たに創設していくことを推進しています。

その第一歩として、今年度から「業界検定スタートアップ支援事業」に着手し、モデル事例として実施してみてどのような成果や課題があるか検証することとしています。

対象分野としては、非正規雇用労働者の活用が進んでおり雇用吸収力があるなどの観点から、対人サービス分野を主に想定し、具体的には、流通業として百貨店の販売スタッフ、健康産業のフィットネスクラブの店舗運営、学習教育業として塾の講師などを対象とすることにしています。
これらの分野は女性が活躍されている業界であり、能力の「見える化」が進めば、パートやアルバイトを経験した後に正社員や管理職への道が開けたり、育児等でいったん退職後も必要な人材としてスムーズな職場復帰が可能になることが期待されます。それは企業にとっても採用のミスマッチを防止するなど、多くのメリットがあると考えられます。

小出 今回は「女性の学び・自己啓発を支援するには〜学習・職場・施策の3つの観点から理解する」をテーマに「自己啓発の現状」「学習の継続のノウハウ」「女性が活躍する現場の秘訣」「スキルアップを支援する国の助成制度」をお三方にお話いただきました。ありがとうございました。

講演者プロフィール