齊藤正俊
今回は、JAD会長の齊藤正俊へのインタビューを掲載いたします。
インタビュアーはJAD監事の片山繁載が行いました。
実は二人は、「JAD読書倶楽部」を自任する、JADきっての読書家でもあります。
異色の経歴を持つ二人が、「人間力」を高めるための社会人の学びや教養について、熱く語り合いました。
皆様ぜひお読みください!
※撮影場所 株式会社日本マンパワー 東京本社
(以下敬称略)
「失敗は必然。成功は偶然。」
片山 本日はよろしくお願い致します。
さて、我々は「JAD読書倶楽部」を自称しているのですが(笑)、まずは齊藤会長が日頃、どんな本を読まれているのか教えて頂けますか。
齊藤 私は若いころから人間に興味がありまして。
ジャンルは人間に関係があるものということで、幅広くというか滅茶苦茶ですね(笑)。
中でもノンフィクションは人間の真理を知るという意味で非常に好きです。
片山 本を読む速さや量は若い頃と比べて変わらないですか。
齊藤 若いころはお金がなかったので、量はそうでもなかったです(笑)。
読む速さはあまり変わってないですね。
今では年100冊くらいは読むようにしています。
片山 ビジネス書の類はお読みになりますか。
齊藤 ハウツーものや自己啓発本は読みませんが、失敗した企業のドキュメンタリーはよく読みます。
かつて上司からは「失敗は必然。成功は偶然。」と教わりました。
成功した人の話はかえって参考にならないものです。
片山 最近読んだ中で印象深い本があれば教えてください。
齊藤 最近だと、堀田善衛さんの「ゴヤ」(集英社)が良かったですね。
ゴヤの描いた絵の解説のほか、当時のスペイン情勢が書かれていて、スペインや欧州の歴史に興味が沸いていきます。
すると、スペインに関する新しい本に出会ったりします。
高校時代は世界史の勉強もあまり好きではなかったのですが(苦笑)、興味を持ちだした途端に新しい本との出会いが生まれるのは面白いですね。
片山 私は司馬遼太郎さんが好きなのですが、司馬さんはある本に「歴史の精霊たちと遊ぶ」と表現されています。
本を書くことが楽しくて楽しくて仕方ないんだろうなと感じますね。
齊藤 私は司馬さんだと「箱根の坂」が好きですね。
北条早雲というのは40歳までパッとしない男なんですが、40歳を過ぎて急に自分の能力が開花したのです。
私自身40歳の頃に読みましたが、40歳を過ぎてもちゃんと自分の城をつくれるんだなと思いましたね。
物事の本質をとらえるために
片山 さて、齊藤会長のプロフィールを拝見しますと、5社に渡る社長業の経験をお持ちです。
非常に特異なキャリアをお持ちですが、現在は英会話スクールGABA株式会社の代表取締役社長というお立場にいらっしゃいます。
現在、御社の社員の方には、どのようなことをお伝えになっているのでしょうか。
齊藤 GABAでは、どんな会社にしようかということをみんなと話しています。
ひとことで言えば、「良い会社、正しい会社にしよう」ということです。
具体的には、5つの事項を社員に伝えています。
「世の中に必要とされる会社」
「お客様に満足を提供し、喜ばれる会社」
「働いている人たちが生きがいを持って働ける会社」
「コンプライアンスを遵守する会社」
「適正な利益を生んで、財務状況の良い会社」
の5つです。
そして、この5つについては、会社だけではなく人についても同じことが言えるのではないかと考えています。
片山 と言いますと。
齊藤 さきほどの5項目に当てはめるなら、
「組織の中で必要とされること」
「自分と接する人たちに喜ばれること」
「家族が明るく楽しくなること」
「コンプライアンスを守ること」
「給与が自分の生活に見合った収入を得ていること」
といった具合でしょうか。
企業が良い会社・正しい会社であろうとすることと同じく、個人も良い人間・正しい人間であろうとすることが、人間が最終的に求めていく目標なのではないかと思うのです。
片山 企業あるいは人としてのあるべき姿、本質をとらえたお考えだと思います。
こうした本質的な物の見方、考え方について、齊藤会長はどのように習得されてきたのでしょうか。
齊藤 かつての上司から教わったことが大きかったですね。
例えば、問題解決について、帰納法的な考え方と演繹法的な考え方を駆使するように言われました。
問題を表面で解決するのではなく、なぜそうなのか、という問いを徹底的に繰り返していくことで本質が見えてくる。
あるいは、こうして見つけた本質的な問題について、どうするべきか、という問いを繰り返していくことで本当に必要な解決策を見出していく。
こういった考え方、仕事の進め方を教わりました。
片山 ご自身でも壁に当たった時にはその教えを実践されるようになったと。
齊藤 問題の本質は何か、ということは突き詰めて考えるようになったと思います。
また、その方には「経営は三科学だ」とも言われました。
自然科学、人文科学、社会科学、この3つに経営のヒントはすべてあるのだと。
経営は思い付きではうまくいきません。
その思い付きが正しいかどうかは、先人が見つけた法則に照らして正しいかどうかを確認することができるというわけです。
片山 いわば「経験そのものから学ぶ」ための知恵を身につけていった、ということでしょうか。
齊藤 表面的な経験を積むことはそれほど重要ではなく、経験からどんな真理、本質を見つけられるかが大切です。
本質が分かれば、他の仕事にも通用しますよね。
私は新卒で着物屋に就職し、その後、畑違いの医療機器のメーカーに転職しました。
こうした体験もあるだけに、本質的なものの見方の重要性を強く実感してきました。
学びとは自分を深めること
片山 我々は社会人・産業人の能力開発を行う事業者という立場にありますので、続いては社会人の学びについてお伺いします。
そもそも、社会人の学びのために必要なことは何だと思われますか。
齊藤 学びとは「自分を深める」ことだと捉えることが大切なのではないでしょうか。
さまざまな「欲」を動機に学ぶこともありますが、それでは大事なことを見失ってしまうように感じます。
無欲に、純粋に「好き」という気持ちからスタートする方が、結果としてはプラスになるのではないかと思います。
そもそも、学ぶというのは地道な作業です。こうした作業は、出世欲や金銭欲といった欲では長続きしません。
逆に、自分を深めたい、人生を豊かにしたい、という思いから学ぶ方が、地道な作業も続けられるのではないでしょうか。
片山 小さな目標を定めすぎてそこにがむしゃらに進むよりは、自分の好きなことに向かって進める人の方が人生豊かになる気がしますね。
齊藤 実は、私もGABAに移ってから、初めて英会話のレッスンを始めました。
これまでは英会話は全くダメだったのですが、週1回のレッスンに通っているうちに楽しくなってきました。
まず、外国人へのコンプレックスがなくなってきました。同じ人間だという気持ちが持てるようになりました。
また、インストラクターに日本のことを説明するのですが、つたない英語でも相手に伝わると楽しいんですね。
これも「レッスンに行って勉強しなきゃ」という感じだと楽しくないですが、「楽しい時間を過ごしに行く」という感じだと通うのも楽しくなります。
会話を重ねるうちに、日本の歴史やインストラクターの出身地の歴史にも興味が広がっていきます。
今まで知らなかったことを知ることができ、一方で人としての本質的なことはあまり変わらないということも見えてきます。
それが学びの面白さではないでしょうか。
片山 お話を伺っていて思うことは、必要に応じて明確な目的をもって学ぶという方法も良いのですが、一方で、自身の好きな領域を幾つかもち、その領域において分厚い教養を持つ、という考え方も大切なのではないかと。
齊藤 まずは引き出しをいくつも作って、それぞれの引き出しをいっぱいにしていく。さらにそれぞれの引き出しが有機的に繋がっていく、という感じでしょうか。
脳のニューロンとシナプスの関係に似ています。
読書で得られた教養も、大半はその場では役に立たないものですが、何かあった時に脳が気づいて反応してくれれば役に立つ、そういうものなんですね。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」
片山 今、情報は非常にあふれているのですが、情報をいかに知識や知恵に変えていくかを考えることがより重要になってきているように感じます。
齊藤 今は知識を手に入れるのは簡単になりましたが、その分、学び方が安易になっているのかもしれませんね。
片山 問題を探すのではなく答えを探しに行ってしまうんですね。
答えを探すよりも問題を考えるという頭の使い方の方が大切なのですが。
問題に対応する答えを検索してコピペすることで、ある程度仕事ができてしまうんですよね。
齊藤 その時はそれで済むでしょうが、蓄積もされないでしょうね。
片山 検索のスキルのようなものが非常に重要な仕事上のスキルになっていますが、検索した後に自分の知識をまとめあげるとか経験を生かすという仕事の仕方をしていかないと、ただ検索するだけのビジネスパーソンの人生って何が残るんだろうと考えてしまいます。
探した後に創造する、という知恵のめぐらし方が最後に出てこないと、薄っぺらな知識の積み重ねになってしまうと思うのです。
齊藤 自分がまるっきり関心のなかった分野を勉強した方が、意外と役に立つかもしれませんね。
例えば経営の勉強をしようと思って経営書をいくら読んでもダメで、そういうときには美術書を読んだほうが経営に関するヒントがみつかるかもしれない。
しかし、社会人として立場が上がってくると、例えば物理で言えばエネルギー不変の法則とか、エントロピー増大の法則とか、こういった理論が組織にも当てはまることが分かってきます。片山 知識の吸収量も一定の臨界量に達するといろいろなことにつながっていくと思うのです。
ある臨界点を超えると知識と経験を繋いでいくことができるようになってきます。
何か問題に当たった時に、どの知識と結び付ければ良いのかが見えてきます。
齊藤 私自身、経験はそれほど今の仕事には役に立ってないと思います。
ビスマルクが「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言っていますが、歴史における知識が問題解決において役に立つのでしょう。
過去の歴史においては、成功した人もいれば失敗した人もいるわけで、その失敗例を知識として備えておけば同じ失敗を避けることができるのです。
片山 経験の量だけを重ねていくのではなく、経験したことを学び直して「自分は何を経験したのか」を体系的に理解することが大切です。
「20年この仕事をしてきました」「この業界のことはなんでも知ってます」じゃないんですよね。
自分がそのことをどれだけ知っているのか、を客観的に理解しているかどうか。
齊藤 自分で経験できることには限りがあります。
今、自分が何かを経験しているときに、先人が築いてきた知識と繋がっていくことが重要です。
今は仕事とは全く関係ないことでも、学ぶことに無駄はないのです。
中高生時代に学んだ知識にも実は無駄がなかったように、これから学ぶことは、50歳、60歳になるかはわかりませんが、いずれ役に立つでしょう。
人間力の時代
片山 この図表は当社で「仕事能力」について説明するときに使用しているのですが、自分の態度や価値観、あるいは自分の好きな領域といった大本となるところがしっかりしていることが大切だという内容です。
齊藤 私も30代で上司に言われたのは、最後は人間力だということでした。
「五感六力」(正義感・使命感・責任感・危機感・安心感。知識力・説得力・行動力・包容力・判断力・忍耐力)という、基礎的な力を磨くことが人間力だと。
仕事の力はその上に乗っかるものなので、まずは土台を磨かないといけないと。
人間としてのあるべき姿を磨く。社会人としてよりも人間として磨く。
片山 私は企業内研修で、「あぶなっかしいキャリア形成」という話をします。
簡単にいうと、自分のキャリア形成を考えることなく、いま目の前の仕事を片付けるために、必要なものだけを習得して、その成果を得たらおしまい。
あとはこの繰り返しで、自分のキャリアや興味関心とは無関係に目前の仕事をこなすだけの、その場しのぎの勉強や経験を次々に繰り返す仕事の仕方ですね。
30代・40代という忙しい時期には、さらにその傾向が強くなっていきます。
そして、40代・50代になって、「あなたの専門は何ですか?」「あなたは何ができる人なの?」と聞かれたときに、自分は何を目指して仕事をしてきたのか、回答できないのです。
自分のキャリアの蓄積を意識したことがない、何のプロとも名乗れない。
目前のことを片付けながら、少しは将来のことを考え、自分の好きな領域、専門の領域を意識した経験の蓄積や学びを忘れずにやっていく。
その土台の上で、いま自分がやっていることに自分なりの意味を見出しておこう、という話をしています。
齊藤 どこかで立ち止まって考えることが必要なんですね。
仕事をしていると目の前に課題があるから立ち止まることも振り返る時間もない。
すると、ある日自分は何をやってきたのだろう、なぜ自分はこんな仕事をしているのか、と気づくわけです。
片山 目先だけの勉強の繰り返しで50代後半まで行くと、自分の専門意識も持てず、60歳以降の仕事と言われても何ができるのかが見えない、という方が非常に多いのです。
だから、時々、自分のことを振り返って、将来のことも考えながらやっていくことが必要だと思うのです。
齊藤 今の仕事において、自分が何を期待されているのか。
課長なら課長のポジションを与えられたときに何を期待されているのか、といったことを冷静に分析する習慣を身に着けてほしいですね。
片山 ところで、良い上司の条件とは何だとお考えですか。
齊藤 私はやはり、部下を育てられる上司が欲しいですね。
組織人としては、若い人を育てられることが最高の役割じゃないですかね。
片山 そうですね。ところが、目標管理制度の影響もあり、人材育成とはいいながら実は優先順位として後回しにされてしまうことが多いのです。
学びにおいても、目標のためだけの勉強をその場限りでやる、ということになりがちです。
自分が学びぬいたことがある上司は部下にも学び方を教えてあげられますが、上司自身が貧弱な学習論しかもっていないので部下に教えてあげられない、ということが増えています。
齊藤 最終的に、企業の業績はそこにいる人の力の出し方で変わってきます。
終身雇用も崩壊し労働力が減るなかで、強い組織は人を育てられる組織ですし、そういう企業に人が集まります。
人を育てることを組織の中で評価軸としてもっていないと、人を育てられる人材は出てこないでしょう。
「偉大なる凡人になれ」
片山 最後に、経営者を目指している方々へのメッセージがあれば、お願いできますでしょうか。
齊藤 経営者になることが一つの成功例とするのであれば、どうやったらそこにたどり着くのかを考えた場合、才能と努力と運だと。
私の場合は運が良かったのかなと思います。
ただ、努力についていえば、本を読むということが影響を与えた面はあります。
本を読むのが嫌いな人にとっては、1年に100冊読むというのは拒否反応もあるでしょうし、大変な努力と見えるのかもしれません。
やはり自分が好きな分野を見つけることが大切です。
無理やりでは努力につながらないのではないでしょうか。
片山 私がキャリアカウンセリングの際に話しているのは、運を引き寄せる力は人間関係や学びの中で身に着けるのだ、ということなんですね。
誰かと巡り合うというのでも、頼もしく思われる素振りとか、人に影響力を自然と与える物腰とかが、他の人にはない運を高い確率でもたらすのだろうと思います。
齊藤 私は20代の頃に読んだ小島直記さんの「出世を急がぬ男たち」(新潮社)では、社長になるのが目的ではなかったのに50代・60代で急に評価されて社長になった人たちのことが書かれています。
その人たちは自分の城を持つ気はなかったが、目の前のことに一生懸命取り組んでいるうちにふっとチャンスが巡ってきた方々なんですね。
そう考えると、運というのはタイミングなのでしょう。
ただ、そのチャンス、タイミングをどう生かすかというのは教えられるものではないですね(苦笑)。
ですので、今は目の前にあることを必死にやるしかない。
いま自分が期待されていることが何かを考え、結果を出していくしかないのです。
片山 つまるところ、凡事に徹底している人が運を引き寄せていくのかもしれませんね。
齊藤 上司には「偉大なる凡人になれ」とも言われました。
私は自分自身、凡人だと思っていますから非常に心に残りました。
片山 学習論、キャリア論、成長論。
大本は好きなことからスタートすることですね。
自分ならざるものを作っていたら成功も何もありませんから。
齊藤 そうですね。成功も一つの角度だけで考える必要はありません。
死ぬときに振り返って、満足できる人生だったといえるかどうかではないでしょうか。
そう考えると、学びとは一生涯をかけて続けていくことなのだとも言えますね。
プロフィール
齊藤正俊
株式会社GABA代表取締役社長
1976年 立教大学法学部卒業。
卒業後、着物販売のチェーン店に入社。店舗での販売員・店長を経て営業企画・広告宣伝を担当。
1987年 独立開業するものの、3ヵ月で失敗し”それなり”の負債を負う。
1988年 医療機器メーカーに入社。
1993年 株式会社ニチイ学館に入社。1998年 取締役就任。
2001年 株式会社サンメディック 代表取締役社長に就く。
2007年 株式会社ニチイ学館に復帰、2008年 同社 専務取締役に就任。
2011年 同社代表取締役社長に就任。
2014年 株式会社日本サポートサービス代表取締役社長を経て、2015年 株式会社GABA代表取締役社長に就任、現在に至る。
2013年より、JAD会長を務める。
自他ともに認める本の虫。ヨークグローバルアカデミー専門学校には、自身の蔵書を進呈した「さいとう文庫」(下写真)が置かれている。
片山 繁載
株式会社日本マンパワー 取締役。
法政大学社会学部卒業。大学卒業後、株式会社日本マンパワーに入社。
教育事業部、人材開発部で教育研修業務を経験。1996年取締役就任。
取締役退任後、1998年 再就職支援事業を立ち上げ、民間企業・行政機関の人事・キャリアコンサルタントとして、多数の個人・組織のキャリアカウンセリング、キャリアサポートのコンサルに従事。
傍ら行政機関の雇用・就業支援のコンサル、キャリアカウンセリング、一般企業のキャリア開発研修の講師・ファシリテータを経験。
2013年よりJAD監事も務める。
片山監事へのインタビュー記事はこちらから。