佐藤 和俊 様
日本語学校として90年代から海外展開を進められ、韓国や中国を皮切りに、現在はベトナムやフィリピンでも事業を展開されている、株式会社アークアカデミー取締役営業本部長を務める佐藤和俊氏に、企業の海外進出における同社の役割をテーマに、お話を伺いました。
日本企業の海外進出に伴うヒューマンリソース
日本企業の積極的な海外進出が続いている。
背景には国内の少子化に伴う生産年齢人口の減少や内需縮小の問題があり、特に地理的、経済的に密接なアジア市場の成長を自らの成長に取り込もうと努力している。
生産拠点から市場開拓へ、中国からチャイナプラスワンへの動きが見られる。最近では製造業のみならず、サービス業の海外進出も増えている。
企業の海外展開で不可欠なのは、ヒューマンリソースの視点である。
特に外国人人材の採用と育成は、異なる文化と価値観の受入れという意味で、日本企業の大きな課題となる。
外国人人材の受入れは、海外展開のみならず、社内の活性化という側面においても意味がある。
アークアカデミーは、日本語教育機関でありながら、有料職業紹介事業の許可を得て、日本語が堪能で、日本社会に順応した外国人人材を企業のニーズに合わせて紹介している。
世界の日本語学習者は400万人近くと言われている。
その内、アジアの学習者が約8割を占める。学習者は年々増加傾向にある。
一方、日本への留学生は現在、大学など高等教育機関が約13~14万人、日本語教育機関(日本語学校)が約3~4万人で、全体の1割にも満たない状況である。
そして、日本国内にある400以上の日本語学校が、この限られた留学生を対象に日本語教育を行っている。
日本語学校はもっと海外の学習者に目を向けるべきである。
日本語教育を通じて日本の魅力を各国に伝えていく
日本語教育を通じて日本の魅力を各国に伝えていく
日本語は世界的には少数言語と見なされているが、母語人口、公用語人口とも世界10位前後に位置している。
言語の普及は国力にも通じるところがある。
中国は孔子学院、イギリスはブリティッシュカウンシルを世界に展開させ、国策として母語を海外に広めている。
日本では国際交流基金が海外での日本語普及に努めているが、多様な学習者の需要には応えられないため、民間の日本語学校が使命をもって行っている。
海外で日本のカルチャーや企業のブランドは魅力がある。それを日本語とともに伝え、学習者を増やしていく。
そのためには、日本語教育そのものを海外に「技術移転」しなければならない。
海外での日本語教育はその国の実情に合わせてカスタマイズする必要がある。
例えば、日本では一般的に入門段階からすべて日本語を用いて指導する「直接法」という教授法を用いているが、海外では現地の外国人教師が母語を用いて文字や文法などを指導する。
日本人教師は主に会話や作文の指導が中心になるため、役割分担と連携が必要である。
また海外では、教師が一方的に教えたことを丸暗記するインプット型の受身の学習方法が多いが、学習者自身に思考させ、積極的に発話をさせるアウトプット型の能動的な学習方法に転換していかなければ、コミュニケーション能力は向上しない。
そのためには、まずは現場の教師の指導能力を向上させなければならない。
海外の日本語教育の改善には、日本語教師の養成という大きな課題が残されている。
海外の日本語学校と、留学生向けに国内で展開する日本語学校
民間の日本語学校が続々と設立されたのは、1980年代から。
アークアカデミーは、1986年に創立し、当初は外国人ビジネスマンに対する日本語教育や日本語教師養成を中心に事業展開をしていた。
海外展開に踏み出したのは、1995年の韓国ソウル校設立から。このころから本格的に留学生を受け入れ始めた。
その後、台湾、中国と展開。
最近はベトナムやインドネシアなど、東南アジアの学生が増えている。
現在、東京、横浜、大阪、京都の全校を合わせた学習者は1,000名近く、国籍は40ヵ国以上に及ぶ。
さらに近年では、フィリピン及びベトナムの経済連携協定(EPA)に基づく看護師・介護福祉士候補者に対する日本語研修事業を複数年に渡り継続して受託している。
国内の日本語学校の半数以上は株式会社として運営している。いわゆる学校教育法で定められた学校法人ではない。
当社もその一つ。
イメージとしては、街角で見かける英会話教室のような身近な存在。
しかし、大きく違うところは、法務省告示校としてビザ申請を代行し、ビザの下りた入学希望者だけを留学生として受け入れられるということ。
在籍管理の責任も負う。
多くの留学生にとって、日本語学校は最初に接する日本という異文化であり、日本社会で成功するための登竜門となる。
日本社会の中でキャリアを積む留学生たちは貴重な人材
留学生は20歳前後が最も多く、将来に夢と希望を抱いて来日する。
日本語学校は日本語教育のみならず、生活支援とキャリアサポートをしているという自負がある。
当社も日本企業への就職を支援する「ビジネス日本語クラス」の人気が高い。日本語教師は日々、さまざまな背景とキャリアをもった留学生と真正面から向き合い、真剣勝負をする。
日本語教師は自らの社会経験がそのまま役立つやりがいのある仕事である。
留学生はアルバイトという形で、日本社会の雇用を支えている。これは見逃せない現実である。
彼らは法律で定められた週28時間の範囲内で、外食産業、サービス業、工場などの製造業や物流業の労働力として活躍し、日本社会に溶け込んでいる。
アルバイトやインターンを通じて、就職に結びつくケースもある。
日本でのアルバイト経験は、日本企業への就職にプラスとなる。
例えばサービス業が海外展開をする場合、日本のサービスを体得した留学経験者が現場指導を行うことが効果的であることは言うまでもない。
留学生は日本を好み、自ら時間と費用を投じて、日本社会に生活基盤を置く、貴重な存在である。
日本企業には、もっと留学生を有効活用してもらいたい。
教育産業の海外展開における戦略
教育産業の海外展開は、製造業の生産拠点づくりとよく似ている。
かつては、海外への技術移転がうまくいかず、外国産は安いけれど粗悪なものという印象をぬぐえなかった時代もあった。
ところが、近年では日本企業の努力で、完成度の高い商品が海外で普通に製造されるようになった。日本語教育の普及も同じだと思う。
今から海外の教育水準の底上げを行っていかなければならない。
海外での拠点づくりに要する時間は、業態によって異なるが、学校を立ち上げる場合は、1年に1プロジェクトと考えてよいだろう。
現地での情報収集、人脈の構築、従業員の研修など、思うようにいかないことが多く、時間に余裕をもって取り組まなければならない。
一般的に海外では、信用取引ではなく、現金での取引が中心となるが、キックバックやアンダーザテーブルの商習慣もある。
同じ国でも地域によって、文化や習慣が異なることがあるので、地域ごとに戦略を立てていく。
教育産業は信頼と継続性が大事。
パートナー選びは慎重に行う。
紹介や売り込みのケースもあるが、自分でリサーチして飛び込んだほうが、成功する確率は高い。
日本に理解があり、理念を共有でき、お互いに必要なものを補完し合える関係であることが重要。
現場を見ると、その企業の特徴がよくわかる。
通常は業務提携から段階を踏んで現地法人設立に至る。
一度、法人を設立すると、簡単には撤退できなくなる。
従業員の解雇が制限されている国もある。
一般的に海外の企業経営者は話を大きく言う傾向があるが、構想を実務レベルに落とし込んでいく作業が重要。
できることとできないことを、はっきりと伝えていく。
断るときも、はっきりと断れば、先方は意外にサバサバしている。
国や地域の特性に合わせた人材育成
政治、経済などのカントリーリスクは避けられない。
国によっては、宗教の問題もあるので事前に勉強が必要。
最近では知的財産権の問題もある。
現地スタッフとのトラブルでは、ルールや原則は曲げないが、個々のプライドを傷つけない配慮が必要。現場リーダーを育て、コミュニケーションを取りながら、よい関係を築いていく。
事業の成否は実務担当者の育成とモチベーション管理による。
海外では日本の教育の質は高いという評価を受ける。
日本人のきめ細かさやモラルや団結精神は教育によって養われたものだと思われている。
現地スタッフとコミュニケーションを通じて、こうした倫理観や職業観を伝えていく。
実益の他にも、目標とプライドをもって、職務を遂行できる人材を育てていく。
日本語教育を通じて、母国と日本の架け橋となれる人材を育成していくことが、アークアカデミーの使命である。