吉田彩衣子 様 (精神保健福祉士)
今回は、今年1月にJADに入会された株式会社Sol La Chick 代表取締役 吉田彩衣子様にインタビューして参りました。
メンタルヘルスに関する専門家(精神保健福祉士)として、知識と経験に裏打ちされたお話は非常に参考になりました。
また、ご自身の起業を通じて、社会をより良いものにしようという熱い想いも伝わって参りました。
ぜひ皆様、ご覧ください。
(インタビュアー JAD事務局長 坂口 敦)
メンタルヘルスケア研修の概要
- 御社ではメンタルヘルスに関する研修事業を展開されているということですが、具体的な内容について教えて頂けますか。
吉田 当社では、一般社員層向けの「セルフケアコース」と、管理職向けの「ラインケアコース」があります。その他にもクライアントの要請に応じたアレンジメントや開発もしています。
最近は職場定着支援助成金等の助成金を活用した提案も増えてきています。
- メンタルヘルス研修のニーズはいかがですか。
吉田 昨年12月よりストレスチェック制度が義務付けられましたので、本制度の導入とセットで行うケースが増えていますね。当社では、ストレスチェック制度が始まる前からこうしたメンタルヘルスケアに対する研修は行ってきましたが、やはり今回の制度改正により、ニーズがさらに高まってきたと思います。
- なるほど。リピーターの方も多いのでしょうか。
吉田 そうですね。前年度実施した企業から、新しく入社した社員の方を対象にするケースと、同じ対象者の方にバージョンアップした研修を実施するケースとがあります。
- バージョンアップというのはどのあたりが違ってくるのでしょうか。
吉田 例えば、セルフコントロールの場合ですと、初回は自身の性格や傾向に基づく対処方法の基本を理解して頂く、という内容になります。2回目以降は、より強いストレスに対応できるようなスキルや考え方を習得して頂きます。
職場で「ややこしい」状況が起きたとしても、そのストレスに立ち向かったり、あるいは上手くかわしたりできるようになることを目指します。
メンタルヘルス研修受講者の傾向
- 一般社員層の方向けの研修(セルフケアコース)で気になる点は何でしょうか。
吉田 「相談」ができない方が多いと感じています。
ストレス対策には「モデリング」が有効なのですが相談できない状況だとモデリングが難しくなりますね。
- モデリングと言いますと?
吉田 例えば、自分が苦手な方がいたとしますよね。
でも、その方を苦手としない方もいるはずなんです。
そうした苦手としない方の対処方法を真似する、つまりモデルとなる人のやり方を取り入れることが、ストレス対策には有効なのです。
- なるほど。その方が解決しやすそうですね。
吉田 しかし、相談する機会が無いと、上手くできている方の考え方や方法を知る機会が得られません。
自分一人で悶々と考えてしまい、結果として負のスパイラルに陥ることになりがちです。
- それでは、管理職向けの研修(ラインケアコース)はいかがでしょうか。
吉田 最近の若い方の傾向として、『万能感』と言うものがあると感じています。
こうした万能感を持った部下への対処については、丁寧に理解をしてもらうように心がけています。
- 万能感とはどのようなものですか?
吉田 今の若い方々は、アルバイトにしろ学生生活にしろ、一定のマニュアルや仕組みができあがっていた状況で過ごしていたので、成果を残しやすい環境にいたと思うのです。
それゆえに自分は出来る、という気分になっています。
- なるほど。
吉田 しかし、それはある程度お膳立てされた状況によるものだったと言えます。
それゆえに、ちょっとしたことでつまずいた時に、自分の力で立ち直ることが難しかったりします。
「私は悪くない」という思いに走り、その思いを補足するための情報収集に走ります。
こうして自分の集めた情報で自己完結してしまうのです。
- 自己完結されてしまうと、上司の出番が無くなってしまいますね。
吉田 しかし、実際にはマネジメントはしなければなりません。
受講した管理職の方からは、「そんなことまで配慮しないといけないの?」という声が上がることもあります。
- 確かに上司の方からすると大変なことですね。
吉田 そうなんです。思い通りにならないからと若手社員を力でつぶしてしまおうとする管理職の方も少なくありません。
しかし、それは結局、その管理職の方にとってもタメにならないのですね。
ダメな人を切っていくと、結局残った人が苦しくなります。
特に、私が顧客にしている中小企業では、お互いに支え合っていくという意識がないと難しいと思います。
職場で自己開示することで生まれるもの
- 支え合うには何が必要だとお考えですか。
吉田 結局はお互いに仲良くなって欲しい、ということなんですよね(笑)。
そのためには、やはり自己開示が大切だと思います。
特に、若手社員の方は、「これは表に出して良い、これは出さない方が良い」という考え方をする傾向にあります。
キャラクター設定をしている、といえばいいでしょうか。
- SNSなどでも、複数のアカウントを持ってそれぞれキャラクターを変えているという話を聞きます。
吉田 まさにそれです。
これは一見、コミュニケーションの立ち位置がはっきりするので楽なように見えるのですが、本当に自分が見えにくくなる、という弊害が生まれます。
- 自己開示については、若手社員に限ったことではないかもしれませんね。自戒の念を込めて言えば。
吉田 確かに、管理職の方も自己開示はしにくい状況かもしれませんね。
責任が大きくなるほど、求められる役割と、本来の自分の姿が乖離しがちです。
上司が本当の姿を見せないから部下も見せづらい。
こうして本当の自分と開示した自分との乖離が、何重にも広がっていくのです。これはお互いに疲れます。
- 研修ではどのように自己開示を図っているのでしょう。
吉田 例えば好きなモノとか最近見た映画とか、何かテーマを決めて書いてもらい、その用紙を回収します。
そして、こちらからのその内容を発表し、参加者のうち誰が書いたものかをお互いに当ててもらうのです。
自己開示できている人は「これはあの人が書いたな」と当てられやすいですね。
- 自己開示できていない方は当てられにくそうですね。
吉田 その場合は、「今回をきっかけに理解を深めて仲良くなりましょう」と持っていきます。
その方が好きなモノに上げたものが分かれば、「今度お願いごとをするときは、●●●を持っていくと効果的ですよ」という話もしますね。
- それは職場に戻ってからも役に立つ情報ですね(笑)。
吉田 自己開示するだけでは勿体ないですので、情報の役立て方までお伝えしたいですね。
余裕の無さの悪循環がミスを生んでいる
- 研修に際して心がけていることは何ですか。
吉田 私たちとしてはリアルなと言いますか、キレイごとではない研修を意識しています。
- キレイごととはどのようなことですか?
吉田 よく、「上司は部下を褒めて育てよう」と言いますよね。
それはその通りなのですが、上司の方だって褒めてほしいはずなんですよ。
部下を褒めるより前に自分を褒めて欲しい(笑)
- 実によく分かります。(笑)
吉田 まずはその本音をしっかり認識してもらいます。
褒められたい、という気持ちを理解した上でないと、部下を褒めることの意義が腹落ちしないのです。
- しかし、褒めるのって案外難しいですよね。
吉田 その場合は、「褒めなくて良いから事実を言ってあげてください」と伝えています。
人格を褒めるのはそのあとで目指しましょう。
- 事実だけで良いんですか?
吉田 例えば、いつもより早く書類を仕上げた部下には、「いつもより早くできたね」というだけで良いのです。
「すごいぞ!」「素晴らしい!」と言った褒め言葉を言う必要はないんです。
- なるほど。それによって「きちんと見ているよ」というメッセージを伝えることにもなりますね。
吉田 「いつも朝早いね」とか「今回はミスがなかったね」とか、些細なことで構いません。
事実を伝えるだけで良いのです。
私のコンサルティング先のことを思えば、毎日会社に来るだけでも十分立派です(笑)。
- とは言え、上司としては褒めるよりも叱る、ということを優先したくなります。
吉田 もちろん、叱ることが必要な場面はあります。
ただ、褒めることができない、叱らないといけない、と常に考えているようであれば、それは上司の方に余裕がないことのサインなのです。
そのサインに自ら気づくようにしてほしいですね。
- 自分の状態はなかなか見えづらいものですからね。
吉田 上司に余裕がないと、部下にも余裕がなくなっていきます。
するとミスも発生しやすくなる。
ミスがでれば叱らざるを得ない。
さらに余裕がなくなりミスもなくならない。
そういった悪循環に陥ってしまいます。
- それでは叱っている意味がなくなってしまいますね。
吉田 上司の方の仕事は、部下がミスをしなくなるような環境を作ることではないでしょうか。
集中とリラックスが交互に行えるような環境の方が、ミスは防ぎやすいです。
また、部下の方が余裕をなくした状態になっていないか把握することも大切です。
そのためには、常日頃から自己開示できるようにしておくことで、困ったときにSOSが上がりやすくなります。
認知のパターンを正しく理解する
- 研修で一番伝えたいことは何でしょうか。
吉田 気分と思考の違いを分けて考えられるようにしてもらえれば、と思っています。
- それはなぜでしょうか。
吉田 皆さん、まず気分があり、その気分に沿って思考している、と思いがちです。実は逆なんです。思考が先なんです。
先日、私は街で転んで捻挫をしてしまいました。
大変恥ずかしい思いをしたわけですが、この恥ずかしいというのも気分です。
では、なぜ転んで捻挫をすると「恥ずかしい」と感じるのでしょうか。
- いい大人なのにちゃんと歩けないとみっともない、とか、まだ若いのに足腰が弱っているみたいでおかしい、とか、そんな感じでしょうか。
吉田 そうですね。それがまさに「思考」なんです。
そういう考えが先に立ち、「だから恥ずかしい」となるわけです。
もし、「転ぶことは誰でもあるし、普通のこと」と考えたとしたら、恥ずかしいと感じるでしょうか。
あるいは「転んだらみんなが笑ってくれる。これは美味しい」と考えたらどうでしょうか。
- 確かに恥ずかしいとは思わないですね。
なるほど、だから「思考が先」なんですね。
吉田 こうした思考と気分・感情の関係を知っておくことは、ストレス対策の上で非常に効果的です。
先に思考がある、ということが分かれば、思考の中身を変えることで、気分も変えることができるのです。
辛い気持ち、憂鬱な気持ちになってしまうのは、辛い出来事が起きたからではなく、そのことを「辛いこと」「悲しいこと」だと考えてしまうからなんです。
我々の研修では、こうした認知の癖・パターンを理解してもらうことで、メンタルヘルスを維持してもらうことを心がけています。
健康に働き、社会を支える人をもっと増やしていきたい
- これからの展望について教えてください。
吉田 私たちは中小企業、中でも離職率が高い業界に向けたビジネスを展開しています。
それは、健康に働き、社会を支える人をもっと増やしていきたいという思いからです。
人間関係や仕事のストレスから、会社を辞めてしまう方がいます。
次の仕事が見つかれば良いのですが、なかなかうまくみつからない、あるいは前よりも条件の悪い仕事にしかつけない、という方も少なくありません。
こうした状態が続いていくと、気が付けば生活保護を受けている、といこともあるのです。
こうした事態にならないように、自分で得たお金でプライドを持って生きていける、そんな人生を歩める方を1人でも多く増やしていきたいのです。
- そのためには心身共に健康である必要がありますね。
吉田 そのとおりです。
私たちは、働くことは、尊厳を守ることにつながると考えています。
メンタルヘルスという切り口から、少しでも多くの人たちの支えになるための活動を進めていきたいと考えています。
- 本日は貴重なお話を頂き、ありがとうございます。
プロフィール
吉田彩衣子 様 (精神保健福祉士)
2000年 大正大学人間学部人間福祉学科卒業。
同年 株式会社ニチイ学館 入社。介護、医療、教育事業の3つの分野を経験し、主に新規事業の企画立案、人材育成制度・評価制度の構築、セミナーの企画実施などに従事。
2012年、精神保健福祉士を取得。
2013年 株式会社Sol La Chick設立。
うつ病社員のリワーク・復職支援、精神障碍者の雇用促進、介護事業者向け人材育成を中心に、コンサルティング・研修といった業務に加えて、対象者の面談などの実務まで幅広い領域で活動している。
同社のホームページはこちら。