学びとその活用の好循環と熟達化に向けて(1)

株式会社日本マンパワー代表取締役会長(JAD理事)
田中 稔哉 様

(2023年8月掲載)

2023年3月11日、中野サンプラザにてセミナー「学びとその活用の好循環と熟達化に向けて」を開催致しました。 本講演会は、一般社団法人全国産業人能力開発団体連合会(以下、JAD)の2022年度優良講座優秀者表彰式内にて2022年度第3回能力開発カレッジセミナーとして行われました。今回は、株式会社日本マンパワー 代表取締役会長の田中 稔哉様 をお招きし、キャリアの考え方について、お話を伺いました。

なぜ学ぶ? なぜ働く?

本日は、皆様の努力が報われて、このような場で表彰を受けられる皆様と、ともに喜べることを嬉しく思っております。
最初に、簡単に私の会社をご紹介させていただきたいと思います。株式会社日本マンパワーは、基本的にはキャリア開発の支援をしている会社です。
「キャリア開発」というと、何かよく分からないものをしているという感じかもしれませんが、「どうなりたいのか」、「どうありたいのか」ということを考え、そのために何を学び、どう行動していくかということを考える研修を得意としています。直接的に何か知識を得たり、スキルを教えるといった研修も行っておりますが、キャリアを考えられる方法を教える専門家を育てている会社でございます。今日はお手元のレジュメに沿ってお話をしていきたいと思います。

基本的なことにはなりますが、なぜ学ぶのか・なぜ働くのか、皆さんは理由を考えたことがありますか?
何のために学ぶのだとか、何のために働くのだとか。様々思われるかと思いますが、理由は3つあります。


1つは「経済的な自立」です。豊かさのために働く、ということです。これは当たり前のことではありますが、大事なことでもあります。経済的に誰かに依存して生きるということは、その人との関係が依存的になるということです。自分の権利を主張しにくくなるという面があります。
2つ目は「社会貢献」です。周囲の人を助けたり、何か社会的な困りごとについて貢献する、役に立つ、という面があります。
3つ目は「目指す自分になる」ためということです。目指す自分に近づいていく実感を得たり、自己実現が挙げられます。

今挙げた3点について、どれが正しい・良いということはなく、いずれも大事なことです。
少し余談になりますが、高校生のキャリア支援をしていますと、何のために働くのかという質問をすると、「経済的な自立」と答える生徒は少なく、「ありがとうと言われたい」「憧れの先輩になりたいため」と言った声が聞かれ、「お金のために働く」ということは若者にとってあまり高いモチベーションにはならないのではないかと感じました。ただ、このことは会社にとっては従業員の動機づけが難しく、「がんばったら給料が上がるよ」と言ったことでは動機づけができないということになります。自己実現については、「こういう会社のこのポジションにつきたい」と言った「外的な自己」、「正義感を大切に生きていきたい」「誠実さを大事に生きていきたい」という「内的な自己」に分けられるのかなと思います。

自己概念とは

ここで、少し難しい言葉ではありますが、「自己概念」について考えてみたいと思います。
皆さんは、「あなたはどんな人ですか?」「あなたらしさって何ですか?」と問われたときに、どう答えますか?どういう言葉が浮かびますか?
実際に、キャリアコンサルタントの養成講座では、この回答について20個くらい書いてもらうのですが、例えば「私は車が好きです」だとか「私は2児の母です」など…いろいろ書けるかと思います。どういうものが自己概念にあたるのかというと、「〇歳です」「〇〇に住んでいます」と言った属性も1つの自己概念ではあります。もう一つは、「母親」「PTAの役員」などの役割です。もう1つは内面的な事柄を指しますが、これを大きく分けると性格・価値観・興味・能力の4つに分かれます。


「性格」というのは、例えば格好いい車を見たときに、自分がその車に乗っているのを外から見ていることを想像して、「この車に乗ったら自分も格好いいだろうなあ」と思う人と、運転している感じを内側に持つ人もいて、内的・外的と言った情報処理の仕方の傾向も性格と言うことができます。「優しい人だ」などももちろん性格に入ります。
「価値観」というのは何が大事で、何が大事ではないということを指します。例えば「私は家族を大事にしている人です」「私はお金が大事です」というのも、価値観に入ります。
「興味」は好き嫌いを表します。「能力」は何が得意・不得意かということを指します。

今挙げた4つの順番で、最初に述べた「性格」は変わりにくく、最後の「能力」はつけやすいということが言えます。性格を変えるというのはつらい話になりますが、むしろ自分で理解して、うまく使うと言ったことが良いと思います。性格を変えようとすると苦しくなります。価値観も変わりますが、変えにくいと言った面もあります。興味・能力は広がりやすいです。例えば会社の場合、若い人を採用するときに、価値観や性格は変えにくいので最初に見ておこう、興味・関心は特に新卒の場合入社してから付ければ良い、という傾向が挙げられるかと思います。皆さんがキャリア選択・何を学ぶかを考えるときに、この4つの自己概念にそれぞれ課題があるとしたら、考えに困る人は4つの考え方をします。


1つ目は「あなたはどんな人ですか?」と問われて「分からない(不明瞭)」という人です。
2つ目は「合っていない(客観視ができない)」人です。合っていないというのは、例えば「私は英語が得意です」と言っておきながら実際の英語の成績が悪いことや、「私は足が速いです」と言う人が実際に競争してみると速くないなど、「私は自分のことを分かっている」と思っていても相対的に見るとずれているというケースです。今は分かりやすい例を挙げましたが、こうしたことはけっこうあります。
3つ目は「固い」(固定的)人です。「私ってこうだから」と変わろうとしない人。つまり、自分が変わることができないので、周りに「(自分に)合わせてくれ」という人です。「私にはどこかに天職がきっとある」「私がこのままでも活かされる場所を探しているんです」という人は、非常に難しいです。
最後に、「伝えるのがうまくない人」です。例えば自分で「私はこういう人だ」と思っていても、履歴書や面接できちんと伝えることができないことが挙げられますが、これはスキル的な問題で、難しさを感じるのは最初の3つ(不明瞭・客観視ができない・固定的)です。

どうしてこのような状態になるのかというと、2つあります。
1つは、若い人の場合、経験が少ないため、経験を増やすことが必要です。例えば足が速いかについては、かけっこをしたことがなければ分かりません。ある分野での経験が少なければ、自分がどのようなポジションに行くか分かりません。
もう1つは、これは大人の方に多いですが、経験はしているがそれを受け入れていないことです。例えば英語の試験の結果が悪かったときに、「それは試験を出した先生が悪い」など、自分側に経験を受け入れないで外に押し出そうとする(防衛)機能が働くためです。この機能は自分を守るために大切ではありますが、全部そのスタンスになってしまうと、なかなか自分を変えることはできません。そのため、例えその事実がつらいことでも、「今回の試験は努力したができなかった。もしかしたら不得意な分野がまだ残っているのかもしれない」と受け入れる強さが必要になってきます。

意欲=自己効力感×結果期待

自己概念は意欲とも関係しています。
やる気や意欲というのは、2つの要素の掛け算になっています。「それをやったらどんなに良いことがあるか」という「結果期待」と、皆さんの場合は、「この勉強をやったらどんな良いことがあるか」という実感ができているかということと、「この勉強をやり遂げることができるのではないか」という「自己効力感」です。自分にはこの勉強は少し背伸びしたものかもしれないが、頑張ればできるのではないか、やればできるのではないか、という自己効力感と結果期待の掛け算で意欲というものはできています。


「結果期待」は、「どんな価値を得られるか」「どんな興味を満たせるか」ということを指しており、これは人によって異なるものです。
一方「自己効力感」は、自分自身の能力に対する信頼感と周囲の環境(講座のサポート体制、家族からのサポート)の2つの項目から成り立っています。
やる気というのは、自分が何を欲しいのか、またどのくらい自分はできるのかということが分かっていないと、起きないものであり、自己理解がとても大切なポイントです。何かをやる意欲というのは、自分自身を知ることから出てくるものです。これは内にある考え方です。もう一つは、社会的な問題があるわけですが、環境問題など、問題を自分ごと化していくことにより、解決していくのは自分だと思えるかどうか、それができそうか、それをやることにより価値が自分にあるのかということを考えないとやる気にはなりません。自分ごと化できるかどうかというのは、自己理解と社会の問題両方で考えたときに、自己概念が大切になってきます。

意欲を高めるには

意欲を高める方法は4つあります。
1つは「物理的報酬」です。「この講座を修了したら教育訓練給付金がもらえる」などが該当します。2つ目は自分をよく知っている人からの説得です。自分をよく知っている人から「あなたならできる」と言ってもらえると説得力があり、特に行き詰ったときに勇気づけてもらえます。3つ目は自分と似た部分のある人の成功例です。自分と共通点のある人の成功例を聞くことにより、「自分にもできるのではないか」と思うことができます。4つ目は自らの達成経験です。「試しにやってみたらできた」ということがやる気を促します。

新たな“学びのタネ”の見つけ方

日頃の出来事から自己概念を見つける方法についてお伝えします。どういう反応をするかによって、自分自身が見え、新たな学びのタネが出てくることがあります。
例を2つお伝えします。


例えば、新しいゲーム機(必ずしもゲーム機である必要はありませんが、何か新しいもの)に触れたとき、皆さんはどのように感じますか? 「どんな人が作ったのかな?」「どんな思いで作ったのかな?」という方向に意識を向ける人もいれば、「なぜこれが流行しているのか?」「どのくらい売れているのか?」と考える人もいます。「どんな技術が使われているのか?」「どういう構造になっているのか?」「人体への影響はあるのか?」「子供に悪影響はないのか?」と自分の子供の健康や、社会的問題を考える人もいます。あるいは、デザインに注目したり、障害のある人は使えるのかどうかなどに着目する人もいます。自己概念によって反応の仕方が違うということですね。それによって、「自分はこういうところに課題意識があるのかな」と気が付き、次の学びを見つけることができます。

もう1つの例は、すごく美しい夕日が見えたときにどう反応するかということです。内向性と外向性の人は反応が特に異なります。きれいな景色が見えると、他の人を呼んだり、写真を撮って他の人に共有するなど、外に意識のある人(外交的な人)もいれば、その景色をじっと見つめ、そのときしか味わえないものを味わおうとする人もおり、人の性格がよく現れます。こういったことから、「自分はこうしたことに関心があるんだ。次の学びはどうしよう」と考えることにつながるかと思います。

講演者プロフィール

初職のメーカーで人事(採用・教育・労務・人事企画)業務に携わった後、 コンサルティング会社にて新規事業開発、関連会社経営に従事。
予備校で大学生のキャリア(就職)支援事業の立ち上げを経て、日本マンパワー入社。
同社でキャリアカウンセラー養成講座の開発、学校向けキャリア教育プログラム開発、 行政機関への雇用対策事業の提案・企画・運営などの業務を経験し、 現在は代表取締役会長として会社経営と、キャリアコンサルタント養成・活用事業、 中小企業診断士養成事業、行政からの受託事業を管轄している。
業界団体である全国産業人能力団体連合会理事、キャリアコンサルティング協議会副会長。