女性のキャリアデザインを考える ~J.P.モルガンにおける女性活躍イニシアチブから~

J.P.モルガン人事部長(日本・北東アジア地域担当) マネジング・ディレクター


アリソン・バーチ様(Alison Sayre Birch)

(2013年7月掲載)

平成27年7月16日(木)東京国際フォーラムで開催された「ヒューマンキャピタル2015」で、『女性のキャリアデザインを考える~J.P.モルガンにおける女性活躍イニシアチブから~』と題したセミナーを実施いたしました。
日本経済新聞社の小出由三氏がモデレーターとなり、J.P.モルガン人事部長(日本・北東アジア地域担当)マネジング・ディレクターのアリソン・バーチ(Alison Sayre Birch)氏が行った講演の模様をお伝えいたします。

人生の転機によって変わる仕事への「モチベーション」

バーチ:女性のキャリアデザインについて説明する前に、私自身の経験をお話します。
私は高校・大学と2回日本へ留学し、そこで現在の夫と出会い、日本でのキャリアがスタートしました。1987年に就職し、仕事がとても楽しく以後5年間モチベーションは上がり続け、順調にキャリアを積み上げていきました。

行き詰まりを感じたのは、私が30歳の頃です。新しいことを学んでいる実感がなくなり、同じ時期に母が他界したこともあり、自分の中で「何かが足りない」という思いや「家族が欲しい」という気持ちが芽生えましたが、子育てと仕事を両立できるのかという不安もあり、仕事に対するモチベーションも急激に下がってしまいました。

32歳の時、娘が産まれました。私はとても幸せで、産休を終えた後「仕事と家庭を両立させる」と誓い、新たな気持ちで仕事に復帰しました。
モチベーションも上がり、34歳でマネジング・ディレクターに昇格しました。
その後2人目の子どもも欲しいと思うようになり、37歳の時に長男を出産しました。
ところが、2人目となると1人目の時とは全く違うという現実に直面しました。長女が小学校へ通うようになると、仕事との両立がさらに難しくなり、再びモチベーションが低下してしまいました。

しかし、リーマンショックが起きてから、不思議なことにモチベーションが上がり始めました。今思うと、自分だけではなく、これまで自分を育ててくれた会社や業界を守りたい、という思いが芽生えたのかもしれません。

そして、2011年には今の職場であるJ.P.モルガンに転職しました。毎日仕事にやりがいを感じており、モチベーションも上昇中です。
私に任せられた仕事は会社にとって非常に大切な仕事だと信じていますし、私のスキルにも合っていると思います。
今は子どもも大きくなり、本当の意味で「家庭」と「仕事」を両立できていると思います。

振り返ってみると、私は「キャリアのはしごを登りたい」と思ったことはなく、むしろ「キャリアのジャングルジムで遊びたい」と考えていました。
その時々の自分の気持ちや興味を持ったことに従い、キャリアを形成していったのです。

ワークライフバランスのとらえ方

バーチ:私の経験をお話した理由は、これから説明する内容をより具体的にイメージしていただきたいからです。
人生には、「キャリア」「家族」「社会」の3つの要素があると考えています。いわゆるワークライフバランスとは、これらの要素の釣り合いをうまく取ることです。
バランスは人によって異なりますので、しっかりと考え、自分に合ったワークライフバランスを見つける必要があります。

また、ワークライフバランスは人生の転機によっても、それぞれの比重が変化します。子育ての時期は「家族」の比重が大きくなりますし、重要な役職を与えられた時は「キャリア」の比重が大きくなります。今は学生や休職中の方も社会人になれば、「キャリア」や「社会」の比重が大きくなるでしょう。

まず、「キャリア」についての考え方を説明します。キャリアを考えることは、人生を考えることです。
そしてキャリアを積み上げるには、「チャレンジすること」と「投資すること」の2つが大切です。

仕事を決める際は収入だけではなく、それが自分にどのような価値をもたらすのかを考えましょう。また、誰しもがさまざまな挫折を経験すると思いますが、それでも継続することがとても重要です。
同じ仕事を長く続けて成果を出すことも必要ですが、一方で、新鮮さを感じなくなってしまうほど一箇所に留まるべきではないと考えます。
チャンスがあるならば、社内異動や転職を考えても良いでしょう。

次に「家族」についてですが、会社の外に「頼れる人たち」のネットワークを作りましょう。それは両親、恋人、子ども、友人やペットでもかまいません。
周りの人の支えがあって初めて、仕事と家庭と社会のバランスを保つことができると思います。

3つ目は「社会」についてです。ここで言う「社会」とは、ボランティアやネットワークなど、会社以外での社会との繋がりのことです。
仕事と家庭を両立させる見通しが立った後に見つける3つ目の柱になります。

自分の人生にとても大きな意味をもたらすこともありますので、自分の興味や熱意が感じられるところで活動をするのが良いでしょう。
そうした活動を通じて、より長い間、社会の一員として世の中と関わりを持ち続けることができるでしょう。
ただし、ボランティアはキャリアや仕事にも役に立ちますが、それ自体を目的として行うのではなく、あくまで「自分と社会への奉仕」であることを念頭に置きましょう。

女性活躍を支援するための企業の取り組みについて

バーチ:次に、女性が活躍するための企業の取り組みについてお話します。
日本には独自の文化や歴史があり、女性がキャリアを積み上げることが難しいといわれています。
日本の女性は大変優秀であるにも関わらず、統計によると国内の有名大学の在籍率の70%は男性が占めています。
とはいえ、近年は女性の就業者数も少しずつですが増えてきています。

しかし、優秀な女性でも家事や育児が負担となり、キャリアを諦めてしまう人が多いのも事実です。
高齢化が急速に進み、労働力も減少している現在の日本で、女性の社会進出が必要であることに疑いはありません。
そのためには、企業が女性社員に対し、きちんと育児や介護の支援をする必要があります。そして社内では、男性社員も育児や介護に理解を示し、女性社員と同様に家事や育児について考えるようになれば、とても働きやすい職場になると思います。

J.P.モルガンでも女性社員に対しさまざまな支援を行っており、女性社員の意見を聞き、育児や介護支援の制度を改善しています。
その中に「Women’s Interactive Network」という女性社員のためのネットワークがあり、トレーニング、メンタリング、セミナー、ネットワーキングなどを行っています。
当社ではすでに優秀な女性たちがたくさん活躍していますが、これからももっと多くの女性に活躍してもらいたいと考えています。

また、CSR(Corporate Social Responsibility)のような、仕事以外の活動に社員がエンゲージするということも大切です。
ある調査によると、「女性は社会に貢献することでモチベーションが上がる」と言われています。
J.P.モルガンでは、多くの社員がボランティア活動に参加しており、社会の一員としての意識を高めています。
社員エンゲージメントやCSRは企業にとっても重要な要素であると思います。

キャリアデザインのために大切なこと

バーチ:最後に、キャリアデザインについてのまとめです。
キャリアの目的を作って、それに向かって進むことも大切ですが、キャリアは自分の興味に従って徐々に積み上げていくようなものでも良いと思います。
ただし、どんな時でも学ぶことと自分へ投資することを忘れないようにしましょう。また、人生は時に思い通りにならないこともあります。必要に応じて、キャリアを修正することも大切です。

一番大切なことは”仕事を楽しむ”ことです。上司に褒められることばかりを考えていると、だんだん仕事がつまらなくなってしまいます。
それよりも、自分の仕事のクオリティやレベルの上昇を目指すことが、楽しく仕事をする秘訣だと思います。

日本人女性が活躍するための鍵は何か

小出:バーチさんは過去、新しい仕事や会社に移るという経験をされてきたと思いますが、経験をしたことのない仕事や新しい会社・環境に変わる際には、不安は感じなかったのでしょうか?

バーチ:新しい環境に身を置くのは、やはり怖いですし、不安もあります。私自身、実はとても怖がりなのです。
しかし、私は「新しいことを学ぶ」という目的意識をモチベーションにしています。自分を信じて、続けていくことでしか不安は乗り越えられません。

小出:モチベーションというのは、最近日本の企業でも認識が変わりつつあります。今までの「男性社会」では、モチベーションを上げるための方法は、昇給や昇進といった会社内でのステータスにありました。
しかし、バーチさんがおっしゃっていたように、女性のモチベーションは「心のスイッチ」にあるようです。
ということは、今までのように物質的な利益だけでなく、社員一人一人に「あなたの心のスイッチは何ですか?」と問いかけていかないと女性には響かないのですね。

ところで、バーチさんから見て、日本で女性活躍が進んでいない理由は何だと思いますか?

バーチ:これが全てというわけではありませんが、男性は過度に仕事にフォーカスを当て、一方で女性は過度に家庭やプライベートにフォーカスを当てているように思います。
男性も女性も、仕事・家庭・プライベートのバランスを考える必要があると思います。

小出:それでは、女性が今後社会で活躍していく上で「日本人女性の強み」はどういったところにあるとお考えですか?

バーチ:日本人女性の良いところは、相手の気持ちや状態を読み取るセンスがあるところだと思います。Flexibility(柔軟性)豊かなコミュニケーションができる点にあります。
アメリカ人の多くは、相手を考えるより先に「こうだからこう」と自分の意見を主張しがちです。
日本人女性は、相手の気持ちを考えて一歩踏み出すかを判断している。これはビジネスの現場で非常に有益です。

男女の上司・部下の関係性について

小出:女性が活躍し、管理職となる女性社員が増えてくると、男性の上司が女性の部下を持ち、女性の上司が男性の部下を持つようになります。
現在こういった状況下で、お互いの接し方に悩んでいる方も多くいらっしゃいます。
バーチさんは、男女間のマネージメントの違いなどで意識している点、気を付けている点はありますか?

バーチ:仮に能力やレベルが同じでも、男性と女性はやはり違います。私が感じている一番大きな違いは「感情的になった時の仕草」です。
女性は感情的になると涙を流しますが、男性は感情的になると怒り出します。
もしも男性の上司なら、男性の部下が感情的になった時の対処法も分かりますし、私も、部下の女性が泣いた時の気持ちが分かるので対処できますが、異性の場合は「誤解」が生じます。
私自身、男性の部下に指示をして男性が怒鳴ると、どう対応して良いか分からない時期がありました。

一方で、男性の上司が部下の女性に厳しい言葉を言って部下が泣き出すと、どう対処して良いか分からなくなり、「失敗してしまった」と必要以上に気にしてしまいます。
しかしそうではなく、男性と女性は違うということを、お互いに理解するのが大切です。
泣き出されても「女性はそういうもの」、怒鳴られても「男性はそういうもの」として、お互い感情移入しすぎずに接するのが良いでしょう。

社内での円滑なコミュニケーション方法

小出:J.P.モルガンでは妊娠や出産、育休などを自由に話せる環境なのでしょうか。また、そういった環境であれば、どのような関係性を構築することでプライベートな会話を円滑にできるようになるのでしょうか。

バーチ:確かに、妊娠や出産、育児はとてもプライベートな問題です。聞き方によっては、セクハラ等の問題になることもあり得るので、注意した方が良いでしょう。
しかし、話し合うことはやはり重要です。
一番良いのは、同じ経験のあるグループで話し合うことです。

「Women’s Interactive Network」でもこうした取り組みがあります。「Women’s~」と命名していますが、グループの中には男性社員もいて、「こういう場合はこうしたら良い」といった話し合いも行います。妊娠した場合、どうやって自分の上司や周囲に伝えれば良いのか、妊娠のために休暇や育児休暇を取ると他の社員に迷惑がかかるかもしれないがどうしたら良いかなど、悩みを相談できる場があれば、問題を一人で抱え込むこともなくなります。

小出:私も、個人の判断に任せるのではなく、会社の中でグループを作る必要があると思っていました。パソコンの普及に伴い、社内での雑談などのコミュニケーションが減り、プライベートな悩みを相談しにくい状況にあります。こういった社会では、悩みを相談し合える何らかのきっかけが必要だと思います。
その仕組みを作るのが人事部や会社の仕事であるべきなのでしょう。社員に社用の携帯電話やパソコンを配布するだけではなく、自身の状況に対する社会の考えに触れるのが大切なのだと思います。

バーチ:J.P.モルガンでは、「Women’s Interactive Network」内にそうしたネットワークがありますが、最初からそのような環境が整っていたわけではありません。私が妊娠した時の職場はまだ育児と仕事を両立した経験のある方がいなかったため、最初はどうすれば良いか分かりませんでした。
しかし、それで諦めるのではなく、先輩に「こういう悩みがある」と相談しました。相談すれば、それは2人でもグループになりますし、3人ならばさらに大きなグループになります。

もしも自分の会社にネットワークがなければ、自分で作らなければなりません。
まずは近しい人に「ランチをしましょう」と誘い、今度は3人、4人と相談する人を集めて、会議室で「この会社でこの問題をどうすれば良いか」を話し合いましょう。
4人から8人、8人から20人と増えていき、そのタイミングで社長に「こういうグループを作りました。名前を付けたいのです」と説明します。
そうやって、自身のキャリアの中でネットワークを作っていくのです。

社内の空気を変えていくための秘訣

小出:では、会場にいらっしゃる方から質問を伺ってみましょう。

質問者:男女の性差を理解した上での組織作りや、良い関係性を作る必要があることを痛感しました。
しかし、日本人は周囲の状況に流される傾向があり、集団になるほどそれが顕著なため、おっしゃっていたグループ作りはかなり難しいと思います。
そういった風土を排除するために、職務記述書のように明文化すれば、社内の空気を変えるチャンスを作ることができるのでしょうか。

バーチ:J.P.モルガンにいる社員もほとんどが日本人なので、同じような気質を感じることがあります。そこで重要なのは、マネージャーの方々の手腕です。
職務記述書のような書類上の明文化ではあまりうまくいきません。それは日本人でなくとも同じで、なぜなら男女間の性差が問題ではなく、会社の問題だからです。
もっと働きやすい会社にする、離職率の低い会社にする、そういったことを実現するにはマネージャーが動かなくてはならないでしょう。
会社の上層部が会社の風土を考えるようにならないと、男女間の認識の差は埋まらないかもしれませんね。

小出:バーチさんは、何か特別なことをしたわけではなく、とにかく自ら動いて、実行したわけです。自らのキャリアをデザインするということは、まさしくそこに尽きるのだと思います。
ぜひ、皆さんも会社で何かを巻き起こすためのグループ、仲間作りや、働きかけを行ってみてください。
本日はどうもありがとうございました。

講演者プロフィール

2011年12月より J.P.モルガン証券株式会社にて人事部長。2014年7月より韓国・台湾の人事部長も兼任。日本においては、J.P.モルガンの3事業主体、JPモルガン証券株式会社、JPモルガン・チェース銀行東京支店、JPモルガン・アセット・マネジメント株式会社の人材業務を統括。加えて、日本におけるCSR 業務およびシニア・カントリー・オフィサー(社長)直属のチーフ・オブ・スタッフとして総務、コーポレート・コミュニケーション、セキュリティー業務を監督。
J.P.モルガン入社前は、シティグループ証券株式会社の最高執行責任者(COO)として、同社の経営委員会およびシティバンク銀行株式会社の取締役会メンバーを務めていた。
1987年にシティグループの前身であるソロモン・ブラザーズ(ニューヨーク)に入社、その後、シティグループ・ジャパンにて オペレーション、ファイナンス、アジア・アービトラージ・マーケッツ業務を担った。
Association of Women in Finance (Tokyo, Japan) 理事、在日米国商工会議所Women in Business Committee副委員長。
米国マウント・ホリヨーク大学アジア研究専攻 学士号取得。

モデレーター:小出由三 様
日本経済新聞社 人材教育事業局 研修事業部 企画委員