平成25年7月5日(金)東京国際フォーラムで開催された「ヒューマンキャピタル2013」で、『人材育成品質の未来を探る~厚生労働省ガイドラインから学ぶ~』と題したセミナーを実施いたしました。
ヒューマンキャピタルOnline編集長 小出由三氏を案内役に、厚生労働省職業能力開発局 総務課 基盤整備室長 内田敏之氏、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 職業能力開発総合大学校能力開発専門学科 助教 松本和重氏、JAD事務局次長 坂口敦によるパネルディスカッション形式で行ったセミナーの模様をお伝えします。
ガイドラインの背景と概略について
小出 国際標準化機構(ISO)がISO29990(非公式教育・訓練のための学習サービス-サービス事業者向け基本的要求事項)を発行したことを受け、平成23年12月に厚生労働省が職業訓練サービスの質の向上のための具体的な取り組むべき事項を「民間教育訓練機関における職業訓練サービスガイドライン」を策定しました。
この背景について、厚生労働省職業能力開発局総務課基礎整備室室長の内田さんにお話いただきます。
内田 まず、人材育成をめぐる最近の動きについてですが、日本の人口は現在の12,806万人から、2030年までに人口がおおよそ1千万人減り、2060年には約4千万人が減少して高齢化率が40%近くまで達する見通しとなっています。
人口と共に労働力も減りますので、一人あたりの労働生産性を上げるために能力開発、教育訓練が必要となります。
企業の計画的な職業訓練の実施状況について厚生労働省で調査したところ、正社員に対して約60%が実施していますが、正社員以外に対しては約30%という水準にとどまっています。
また、企業規模別に見ると、社員数の多い大企業のほうが実施割合が高い傾向にあります。
人材育成に関して、事業者側が挙げている問題点には大きく3つあります。
1つ目は指導者の不足、2つ目は人材育成を行うための時間的制約、そして育成を行うための金銭的余裕が無いことです。
その3つをどう解決していくかが、企業の人材育成に携わる方々の課題といえるでしょう。
厚生労働省が行う職業訓練を支援する施策の1つとして離職者訓練があります。
これは受講料は無料で、かつ一定の生活費も支給されるものです。
この離職者訓練は9割が民間教育訓練機関に委託されています。
委託するにあたっては、その教育訓練サービスの質を保証する必要があります。
また、企業向けの施策としては、在職者訓練を支援するための助成金など、企業の負担を軽減するための施策があります。
平成25年6月に閣議決定された日本再興戦略を見ると、人材育成について大きく取り上げられており、特に社会人の「学び直し」が随所に登場します。
女性の活躍推進、若者や高齢者の支援、グローバル化の対応、すべてにおいて学び直しがキーワードになっています。
この社会人の学び直しをどう考えるかが論点となっており、どのような訓練をすれば良いのか、費用はどうするべきか、ということで議論をしている段階です。
このような状況において、民間教育訓練機関の役割の重要性が高まっています。
その上で、質の保証のために、ニーズの把握やPDCAを回していくことなどを盛り込んだガイドラインを作成しました。
小出 では、今度は実際にガイドラインの中身について、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構職業能力開発総合大学校能力開発専門学科助教、松本さんに伺います。
セミナー資料2_ガイドラインの概要
セミナー資料3_ガイドライン案内
セミナー資料4_ガイドライン本文
松本 「民間教育訓練機関における職業訓練サービスガイドライン」は、「ガイドライン本文」、「職業訓練サービスの質の向上のための取組例」、「民間教育訓練機関における職業訓練サービスの質の向上のための自己診断表」で構成され、厚生労働省のホームページよりダウンロードすることができます。
タイトルの通り、職業訓練サービスのためのものとなっていますが、企業の人材育成にあたる方々にとっても活用できる部分が多くあると思います。
このガイドラインのなかで、大事なことが3つあります。
1つ目は教育訓練の質を高めることの視点を与えてくれること。
2つ目がサービスの各プロセスをチェックして改善を繰り返すことで質を向上させるPDCAの仕組みを示してくれること。
3つ目が、各プロセスでの記録を文書化するということ。文書化によって見える化が図れるということです。
このガイドラインは4章構成となっています。
3章はサービスについて、4章はマネジメントについてですがこの2つの章がとても大事な部分で、それぞれ詳しく展開されています。
3、4章には全部で25個の「指針」があり、プロセスについて書かれ、教育訓練の質を高めるための視点を与えてくれます。
添付資料として「自己診断表」もあり、実施しているサービスにおいて機能しているかを問う形で使うことができます。
各プロセスの状況を文書化することで、特定の個人のノウハウに依存しない形を目指しています。
PDCAサイクルによる継続的な改善ができる仕組みをこのガイドラインでは推奨しています。
ヒントとして利用することから始める
小出 ではJADの坂口さんからは、会場のリスナーの皆さんと同じ立場で質問を頂きたいと思います。
ガイドラインの概略をお聞きになっていかがでしょうか。
坂口 ガイドラインの資料を拝見していますと、標準化ということを求めているのかなと思います。
教育の質のばらつきをなくしていくことは非常に重要ですので、マネジメントとしては大事なポイントだと思います。
ただ、あまり「標準化をする、標準化のために」と堅苦しくしてしまうと現場で受け入れられない可能性もあり、必ずしも効果が得られないのではないかと、難しさも感じられます。
堅苦しくなく、かつ、教育の標準化を進めることができるのか、教えていただきたいと思います。
小出 このガイドラインが教育の実際の現場でどのように活用できるのか、どう定着させていくかという質問ですね。
ツールとして本当に利用できるのか、そのためにはどうすればよいのかについて、日頃、このガイドラインを使っている松本さんに伺いましょう。
松本 それでは、いろいろな研修を行っている中で、感じていることをお話させて頂きます。
職業訓練ガイドラインに関しては、すべての指針に応えなければならないものというよりも、実際は自分たちの教育訓練の現状を検証するというチェック項目として利用したり、取り組みやすいところから使っていくということが多いと思います。
最近は、現場で使うためにはそういう位置付けで読んでいくほうが良いのではないかと、経験を通して感じています。
この職業訓練ガイドラインをヒントにして、それぞれの企業で教育訓練の質を高める取り組みを始めることが大事と感じていると、標準化する上では、項目に沿ってとにかくやるというのではなく、まず自社の強みと弱みをチェックすることから始めようということになり、スムーズに始められるのでないかと思います。
標準化する上では、項目に沿ってとにかくやるというのではなく、まず自社の強みと弱みをチェックすることから始めるのが、スムーズに始められるので良いと思います。
組織の誰もが自社の強みの部分を発揮できるようにするとか、何か苦情が出ていることがあれば、それをなくして底上げをしていこうというように、ある部分の標準化をしていくこと。
それ以外は講師の持ち味を存分に活かして頂こうという形を目指していくツールの利用のし方があるのではないかと考えています。
小出 内田さんから補足があればお願いします。
内田 公共職業訓練は民間の教育訓練機関に協力をしてもらい運営されているというところがあります。
公共職業訓練というのは昔から職業訓練法に基づいて様々な基準があってハードルが高かったのですが、最近は従来のものづくりだけではなく、サービス系や介護関係など様々な分野に広がっています。
こうした領域の広がりに合わせて委託をする上での要件を作っていますが、ガイドラインはそうした要件ではないものの職業訓練の質の向上のために各社がハードルを高くしっかり持っておくことが大事だと思います。
また、企業の教育については外注化が進んでいると思いますが、それでは何を基準に外部に委託するのかという判断のときに、ガイドラインが基準の一つとして使えると思います。企業向けの助成金でもOff-JTの実施を要件にしていることが主となっていますが、研修の委託先を選ぶ際の基準としても使えるでしょう。
さらには、グローバル化が進んでいくなかで、海外の研修事業者が入ってくるときには、ISOを持っている海外の事業者との比較の際に、このガイドラインに沿った基準を満たしているかどうか、ということで質の保証が確認できると考えています。
小出 標準化と言われると堅苦しく画一的に聞こえますが、実際は共通の言語でコミュニケーションができることが重要なのではないでしょうか。
教育事業者(ベンダー)、発注者、受講者の三者で、同じ目標に向かっていくための言語が出来上がるということが重要だと思います。
ガイドラインを活用した業務プロセスの共有
小出 興味が増してきましたところで、続いてもう1つ坂口さんの方から次の疑問や悩みを挙げていただきましょう。
坂口 私も長年いろいろなところで教育や研修に関連する仕事を続けてきているのですが、こうした業務に携わる人達全員が、基本的な教育・研修構築のプロセスを共有できたらいいと考えています。
例えば、社内で研修を担当している方の中には、研修を専門に担当しているベテランの方もいれば、現場の部門の方が手探りで行っているということもあります。
後者の場合、研修の作り方には詳しくないが、リアルな現場の実態に詳しいという強みがあります。
研修の専門家と現場の部門の方の間で、研修構築のプロセスが共有できるといいと思います。
ガイドラインがその一つとしてスタンダードになっていけば面白いのではないかと考えています。
実際にガイドラインを活用されてきたなかで、ガイドラインを活用して社員間の共有が進んだ、といったような具体的な事例があれば教えて下さい。
小出 これはまさに松本さんが重要だとおっしゃっていた3章のサービスの部分に関わってくる内容だと思いますが、事例がもしあればお願いします。
松本 参考になるのではないかと思うお話を2つご紹介します。
まずはPDCAサイクルのように、流れの中で考えることができるようになったということです。
ガイドラインを使えるようになってから、PDCAで考えられるようになっているということは私達にとって大きいと思います。
それまではD(行動)の実施だけに力を入れてしまったり、P(計画)とD(行動)ばかりになってお客さんが集まればそれでよし、ということも多かったのです。
しかし、離職者訓練などにおいては、就職につながる訓練である必要があります。
そのゴールに向けてチェックをして改善するというように、PDCAを繰り返すようになりました。
その過程の中で、受講生はどのような状況なのか、また受講生たちの反応にかなり目が向くようになっていきました。
研修を外部の企業などにお願いするときにも、その計画や実施の部分だけでなく、どんなところを評価・改善するのかまで注目できるようになりました。
もうひとつは、ガイドラインを使って先輩のノウハウを引き出す話です。
我々の職場にもたくさんの先生がいて、ベテランもいれば若い人や新人もいます。
その中で、ベテランが持っている様々なノウハウを「見える化」していきたいと思っています。
しかし、実際「良い研修とは何ですか?」とベテランに尋ねてもなかなか的確な答えは出てきません。
そこでこのガイドラインや自己診断表に書かれている項目に基づいて尋ねるようにすると、先輩たちは具体的に答えてくれるようになります。
私も実際、他の会社の講師の方にも、そのノウハウを見える化しようと試みていますが、ガイドラインは見える化のための枠組みとして使えると感じています。
小出 たしかに文書に残すというのはとても重要で、特に評価という部分では、例えば3年前の研修の評価はどうだったのか、すぐに文書で提出できる企業は少ないのではないでしょうか。
その場では取っておいても、文書化、データ化されていない、共有化されていないとなると、やはり残しておいたほうが良いと思います。
「見える化」というのは企業研修ではまだ足りていない部分だと感じています。
第3章(サービス)と第4章(マネジメント)の考え分けについて
坂口 具体的なガイドラインの使い方についてですが、ガイドラインは第3章「サービスについて」、第4章「マネジメントについて」に分かれています。しかし、実際に自己診断表をつけていくと、両章で似たような質問が重なっていたりするため、サービスとマネジメントが分かれていることで、かえって回答に悩むところがあります。
自己診断表を使う上でのコツとか、そもそもの考え方などについて、教えていただきたいです。
小出 まずは内田さんからお願いします。
内田 もともとこのサービスガイドラインは教育サービス事業者に対して使っていただこうという発想があり、教育サービスの観点からどうすべきか、というスポットの当て方と、マネジメントの観点からどうすべきか、というそれぞれの観点から作っています。そのなかでスポットの当て方が重なってしまった部分はあると思います。
今日は企業の人事担当者の方が多く来場されていると聞いています。これは事業者向けに作成したガイドラインですが、企業内研修でも活用しようと思って頂けるのであればありがたいです。全部の章を見る必要はありませんが、少なくとも4章のマネジメントのところは企業内研修においても共通して使えるのではないかと思います。
小出 では松本さんより、ご自身の経験などから具体的なご説明をお願いします。
松本 サービスとマネジメントの両者の向上はなかなか難しいもので、サービスの向上をしようとするとコストとのバランスが難しいという話がよく出てきます。この異なる両者をどう考えていけばよいのかということで、分けて距離をおいてそれぞれを考えてみようとなっていると思います。
例えば、職業訓練の場で20人がいた時に、速く終える人も、また時間のかかる人も出てきます。このように学習のスピードがバラバラになったときにマネジメントの側からすれば、先生をもうひとり増やした方がいいということになるかもしれませんが、現場の教えている先生にちょっとした工夫が見出されれば変わります。よくあるのは、受講生の中で速くできた人が先生役になって遅い人を教えるというケースです。速くできた人と遅い人両方の状況を踏まえ、理解いただいた上でないとできませんが、教えた人に”さらに理解が深まる”メリットがもたらされるかもしれません。
こうすることによって、マネジメントの課題を乗り越えて新しい発想によるサービスの向上につなげていくことができるようになります。このように、サービスとマネジメントの距離を少し置くことが、場合によっては良いと考えられます。
小出 内田室長からは企業内研修の方にも使ってもらえれば、という話がありましたが、企業内で研修を実施する方は、社員からすればサービス事業者と一緒です。サービス事業者という視点でご自身の業務に取り組んで頂き、その上でガイドラインを活用頂ければと思います。
教育訓練・研修の目標設定について
小出 最後に何かご質問はありますか。
坂口 研修業務で目標やゴールを設定するのが大切だと言われますが、目標などを設定する上での留意点などがあれば教えて下さい。
松本 研修の目標は、その研修を受けたらどうなるかということです。受講した後の姿として明確な目標を書くことが大切で、一般的には観察可能な行動で書くようにします。例えば、ある2日間の研修が終わったら、「あるコンピューターソフトが使えるようになる」とか、「安全に電気の測定ができるようになる」などです。
ただ、この目標を客観的に書こうとすると、客観化できないことを排除してしまう傾向に陥りやすいのです。創造的な部分や、ホスピタリティや問題解決力、コミュニケーションなどチェックが難しいものは目標からなくなり、チェックがしやすい項目だけの目標設定となってしまう傾向があります。
何かを学ぶときに即座にその行動ができるようになるとは限らず、時間がかかることもあります。短期で習得でき、客観化しやすいものばかりの研修になってしまうと困りますので、気を付けなければならないポイントです。
最近、特に我々の回りの中で気をつけているのは、そもそも何のために研修をしているのか、企業の将来像はなにかなどを含めて目標を設定することです。加えて、目標を研修の中で取り組んでもらう課題の形にするようにもしています。仕事で発揮してもらいたいことを込めたような課題を設定することにより、言葉だけでは十分に表現しきれなかった目標を補うことができるようになります。
小出 お配りしたガイドラインについてはぜひ一度ご覧になってください。短い時間でしたが、皆さんありがとうございました。
講演者プロフィール
【パネリスト】
厚生労働省 職業能力開発局 総務課 基盤整備室 室長 内田 敏之 様
独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 職業能力開発総合大学校 能力開発専門学科 助教 松本 和重 様
一般社団法人 全国産業人能力開発団体連合会 事務局 次長 坂口 敦
【モデレーター】
ヒューマンキャピタルOnline 編集長 小出 由三 様